「夫から『いびきがうるさくて呼吸が止まっている』と言われた」
「そういえば最近、便秘や下痢を繰り返したり、お腹が張って苦しいことが多い……」
もし、あなたが激しいいびきとお腹の不調の両方に悩んでいるなら、それは偶然ではないかもしれません。
実は今、医学の世界では「睡眠の質」と「腸内環境」の密接な関係が注目されています。
この記事では、消化器と睡眠の専門的な視点から、睡眠時無呼吸症候群(SAS)がどのようにして腸にダメージを与え、大腸がんなどのリスクに関連していくのか、そのメカニズムを分かりやすく解説します。
いびきとお腹の不調はセット?睡眠時無呼吸症候群(SAS)とは
まず、睡眠時無呼吸症候群(SAS:Sleep Apnea Syndrome)について正しく理解しましょう。
SASとは、睡眠中に気道(空気の通り道)が塞がることで呼吸が何度も止まってしまう病気です。「ガーッ」という激しいいびきは、狭くなった気道を空気が無理やり通ろうとして発するSOSのサインでもあります。
【重要】
単にいびきがうるさいだけでなく、「睡眠中に10秒以上の呼吸停止が、1時間に5回以上ある」場合、SASと診断される可能性があります。
SASは単なる「睡眠不足」の原因になるだけではありません。呼吸が止まるたびに体は酸欠状態に陥り、心臓や脳、そして胃腸などの消化器官にも大きな負担を強いています。「たかがいびき」と放置することは、全身の健康、ひいては腸の健康を損なうことにつながりかねないのです。

腸が酸欠になる?「間欠的低酸素」が腸内環境を壊す理由
では、なぜ呼吸が止まると腸が悪くなるのでしょうか?
最大の原因は、SAS特有の「間欠的低酸素(かんけつてきていさんそ)」という状態にあります。
呼吸が止まると血中の酸素濃度が下がりますが、呼吸が再開すると再び酸素が戻ります。SASの患者さんは、一晩のうちにこの「酸欠」と「再酸素化」を何十回、何百回と繰り返します。これを間欠的低酸素と呼びます。
酸素不足で腸のバリアが弱まる
腸は、食べた物を消化吸収するために多くの酸素とエネルギーを必要とする臓器です。しかし、SASによって酸素供給が不安定になると、腸の細胞が十分に働けなくなります。
医学的な研究では、低酸素状態が続くと腸の粘膜にある「バリア機能」が低下することが示唆されています。バリアが弱くなると、本来ならブロックされるべき有害物質や細菌が腸壁をすり抜けやすくなり(Leaky Gutのような状態)、腸内環境を一気に悪化させる原因となると考えられています。

体中のボヤ騒ぎ「全身性炎症」と「脳腸相関」
SASが腸を壊すもう一つのルートは、神経と炎症のネットワークです。ここには「全身性炎症」と「脳腸相関(のうちょうそうかん)」というキーワードが深く関わっています。
脳と腸はつながっている
「緊張するとお腹が痛くなる」ことからも分かるように、脳と腸は自律神経などを介して密接につながっています(脳腸相関)。
睡眠中に呼吸が止まって苦しくなると、脳は「緊急事態だ!」と判断し、交感神経(興奮の神経)を活発にします。本来、寝ている間は副交感神経(リラックスの神経)が働いて腸のメンテナンスを行う時間ですが、SASによるストレスで交感神経が優位になり続けると、腸の動きが停滞し、便秘やガス溜まりを引き起こす一因となりえます。
炎症という「火事」が飛び火する
また、繰り返される低酸素ストレスは、体内で炎症性物質(サイトカインなど)の産生を促します。これにより血管を通じて全身性炎症が引き起こされます。
この慢性的な炎症は、腸内フローラのバランスを乱し(ディスバイオシス)、善玉菌を減らして悪玉菌が増えやすい環境を作ってしまうのです。
【ポイント】
いびき(SAS)は、自律神経の乱れと全身の炎症を通じて、間接的にも腸を痛めつけています。

放置は危険!SASと「大腸がん」リスクの意外な関係
「いびきがうるさいだけだから」とSASを放置していませんか?
実は、消化器内科の領域において、SASは大腸ポリープや大腸がんのリスク因子となり得ることが、近年の研究で示唆されています。
なぜ「いびき」が「がん」のリスクになるのか?
ここでも鍵となるのは、先ほど解説した「間欠的低酸素」と「炎症」です。
- 低酸素と腫瘍の増殖:がん細胞などの腫瘍は、低酸素環境下で生き延びるために「HIF-1α(低酸素誘導因子)」というタンパク質を活性化させます。SASによる繰り返す低酸素状態は、このHIF-1αを刺激し、腫瘍に栄養を送る血管を新たに作らせる(血管新生)など、がんが育ちやすい環境を作ってしまう可能性があります。
- 免疫力の低下:良質な睡眠がとれていないと、体内の免疫細胞(NK細胞など)の働きが弱まります。本来であれば免疫細胞が排除してくれるはずの異常な細胞が、排除されずに残ってしまうリスクが高まります。
【重要】
研究によると、重度のSAS患者さんは、そうでない人に比べて「大腸ポリープ(がんの前段階)」や「大腸がん」が見つかる頻度が高いという報告もあります。お腹の不調があるSASの方は、一度大腸カメラ検査を受けることを強くお勧めします。

腸も守るためのSAS治療:CPAP療法と注意点
SASが腸内環境を悪化させているのであれば、その根本治療であるCPAP(シーパップ:持続陽圧呼吸療法)は、腸にとっても「特効薬」になり得ます。
治療で腸に酸素を届ける
CPAPによって睡眠中の呼吸が安定すると、血液中の酸素濃度が正常に保たれます。これにより、腸の細胞にも十分な酸素とエネルギーが届き、バリア機能の回復や正常な蠕動運動(ぜんどううんどう)の再開が期待できます。「CPAPを始めたら、朝のトイレがスムーズになった」という患者さんも少なくありません。
CPAPでお腹が張る?(エアロファギー)
一方で、CPAP治療を始めたばかりの方によくある悩みが「お腹の張り(腹部膨満感)」です。
これは、機械から送られる空気を誤って胃の中に飲み込んでしまう「呑気症(どんきしょう)」、別名エアロファギーと呼ばれる現象です。
これは治療の副作用とも言えますが、設定の調整や慣れによって改善可能です。「お腹が苦しいから」と自己判断で治療をやめてしまうと、再び腸内環境が悪化する悪循環に戻ってしまいます。
よくある質問(Q&A)
患者様からよくいただく、睡眠と腸に関する質問にお答えします。
Q1. 腸内環境を整えるために、ヨーグルトなどの乳酸菌をとればSASも良くなりますか?
A. 乳酸菌やビフィズス菌(プロバイオティクス)の摂取は、SASによって乱れた腸内フローラを整える助けになります。しかし、それだけで喉の閉塞(SASの原因)が治るわけではありません。CPAPなどの適切な治療と併用することが大切です。
Q2. いびきをかかない日もありますが、受診は必要ですか?
A. お酒を飲んだ日や疲れた日だけいびきをかく場合も要注意ですが、もし「日中の強い眠気」や「長引く便通異常」がある場合は、隠れSASの可能性があります。一度専門医にご相談ください。
Q3. 痩せればいびきもお腹の調子も良くなりますか?
A. 肥満はSASと腸内環境悪化の共通のリスク因子です。減量は喉周りの脂肪を減らして気道を広げ、同時に内臓脂肪による炎症を抑えるため、非常に効果的なアプローチです。
まとめ:いびきとお腹の悩み、両方あるなら早めの受診を
今回の記事では、睡眠時無呼吸症候群(SAS)が単なる睡眠の病気ではなく、「腸内環境を破壊し、大腸がんリスクを高める可能性のある全身病」であることを解説しました。
- SASの低酸素状態は、腸のバリア機能を低下させます。
- 全身の炎症や自律神経の乱れが、便秘や下痢を引き起こします。
- 放置すれば、大腸ポリープやがんのリスクにつながる可能性があります。
「たかがいびき、たかが便秘」と自己判断せず、体が発しているSOSに耳を傾けてください。
特に、「いびき」と「お腹の不調」がセットで続いている場合は、消化器内科と睡眠専門医の両方の視点を持つクリニックでの診察をお勧めします。早期発見・早期治療が、あなたの腸と未来を守ります。
次に読むことをおすすめする記事
【睡眠時無呼吸と腸内環境の深い関係|脳腸相関と改善策を解説】
SASが腸に与える影響を理解したところで、さらに『脳と腸がどうつながっているのか』を知っておくと、ストレス・睡眠・腸内環境の全体像が見えてきます。生活習慣や治療で何を意識すればよいか整理したい方に向いた内容です。
【睡眠時無呼吸と大腸がんの意外な関係。リスクと対策について。】
SASが腸内環境を悪化させるメカニズムを押さえたら、次は『実際にどの程度、大腸ポリープや大腸がんのリスクが高まるのか』を知っておくと安心です。検査のタイミングや予防の考え方を整理したい方に特に参考になる内容です。
参考文献
- Obstructive sleep apnea severity, circulating biomarkers, and cancer risk
- 著者: AJH Allen, et al.
- 掲載誌: Journal of Clinical Sleep Medicine, 2024
- The effect of intermittent hypoxia and fecal microbiota of OSAS on genes associated with colorectal cancer
- 著者: J Gao, et al.
- 掲載誌: Sleep and Breathing, 2021
- Gut Microbiome in Patients with Obstructive Sleep Apnoea
- 著者: Bikov A, et al.
- 掲載誌: Applied Sciences (MDPI), 2022
- Microbial dysbiosis in obstructive sleep apnea
- 著者: Guo Y, et al.
- 掲載誌: Frontiers in Microbiology, 2025
- OSA Is Associated With the Human Gut Microbiota Composition and Functional Potential
- 著者: G Baldanzi , et al.
- 掲載誌: CHEST, 2023
この記事の監修者
医療法人社団心匡会 理事長 中村 文保
- 日本内科学会 総合内科専門医
- 日本消化器病学会 消化器病専門医
- 日本消化器内視鏡学会 専門医
- 日本肝臓学会 肝臓専門医
当院は、金沢・野々市・白山市の皆様に信頼される「地域のかかりつけ医」として、専門性の高い医療を提供しています。
