「睡眠時無呼吸症候群の治療のためにCPAP(シーパップ)を始めたけれど、朝起きるとお腹がパンパンに張って苦しい」
「ゲップが止まらないし、おならも増えて恥ずかしい。逆に吐き気もする……」
治療を続ける意欲はあるのに、こうした副作用に悩まされ、「自分には合っていないのではないか」と不安を感じていませんか?
実は、この症状は「エアロファジア(呑気症:どんきしょう)」と呼ばれ、CPAP治療でよく見られるトラブルの一つです。決して「あなただけ」ではありませんし、機械の故障でもありません。
この記事では、なぜ治療のための空気がお腹に入ってしまうのかという医学的なメカニズムから、今夜から試せる具体的な対策までを分かりやすく解説します。
CPAPでお腹が張る「呑気症(エアロファジア)」とは?
通常、私たちが呼吸をする時、空気は「気管」を通って「肺」へと送られます。しかし、CPAP治療中に何らかの原因で、空気が誤って「食道」を通って「胃」の中に流れ込んでしまうことがあります。これがエアロファジア(呑気症)です。
なぜお腹に空気が溜まるのか(メカニズム)
本来、食道の入り口は閉じており、食べ物を飲み込む時だけ開くようになっています。しかし、CPAPで圧力をかけた空気を送り込む際、その圧力が食道の入り口を開く力よりも強くなってしまったり、無意識に唾液を飲み込む動作(嚥下)と連動してしまったりすると、空気が胃へと流入します。
【重要】
胃に溜まった空気は、膨満感(お腹の張り)や腹痛の原因となるだけでなく、頻繁なゲップや、胃酸が逆流する「胸焼け」を引き起こすこともあります。
この症状は不快ですが、原因を特定し適切に対処することで、多くの場合は改善が可能です。まずは「なぜ空気を飲み込んでしまうのか」、その原因を知ることから始めましょう。

なぜ空気を飲み込んでしまうのか?主な3つの原因
エアロファジアが起こる主な原因は、大きく分けて「空気漏れ」「圧力設定」「飲み込み癖」の3つが考えられます。
1. マスクからの空気漏れ(リーク)と口呼吸
もっとも多い原因の一つが、マスクからのリーク(空気漏れ)です。
マスクの隙間から空気が漏れると、CPAP装置は「指定された圧力が保てていない」と判断し、不足分を補うために送風量を自動的に強めることがあります。結果として、余分な空気が胃に押し込まれてしまうことがあります。
また、鼻マスクを使用している際に口が開いてしまう(口呼吸になる)と、鼻から入った空気が口から抜けようとする過程で、一部が食道へ回り込みやすくなります。
2. 設定圧が合っていない可能性
医師が処方したCPAPの設定圧(治療圧)が、現在の体の状態に合っていない可能性も考えられます。
- 圧が高すぎる場合: 空気の勢いが強すぎて、食道の入り口(括約筋)を無理やりこじ開けてしまう。
- 圧が低すぎる場合: 空気が足りず、「もっと吸いたい」と無意識に努力呼吸をした結果、空気を飲み込んでしまう。
3. 慣れない環境と嚥下(飲み込み)の癖
治療を始めたばかりの頃は、マスクの異物感や送風への緊張から、無意識に歯を食いしばったり、頻繁に唾液を飲み込んだり(嚥下)しがちです。唾液を飲み込む際には必ず食道が開くため、そのタイミングでCPAPの空気が胃に入り込んでしまいます。
今すぐできる!お腹の張り・ゲップを減らす対策【装着・姿勢編】
原因がわかったところで、自宅で今晩から試せる具体的な対策を見ていきましょう。まずは機器の設定を変えずにできる「装着方法」と「寝る姿勢」の工夫です。
枕の高さと寝る姿勢の調整
寝ている時の姿勢で空気の通り道に大きく影響しますので、試してみることをおすすめします。
- 枕の高さ: 枕が高すぎると顎が引けて気道が狭くなり、空気を飲み込みやすくなります。逆に、枕なしなどで顎が上がりすぎても食道が開きやすくなることがあります。首が自然なカーブを描く高さに調整しましょう。
- 横向き寝: 仰向けよりも横向きで寝ることで、解剖学的に胃の入り口(噴門)の位置関係が変わり、胃に入った空気がゲップとして自然に抜けやすくなる場合があります。
マスクのフィッティングを見直す
「空気が漏れるから」といって、バンドをきつく締めすぎるのは逆効果です。締めすぎるとマスクが変形して逆に隙間ができたり、痛みで緊張して空気を飲み込んだりする原因になります。
適切なフィッティングとは、「顔に乗せる」程度の感覚で、かつ空気が漏れない絶妙な位置を見つけることです。また、口が開いてしまう場合は、口を閉じるための「チンストラップ」や、口も覆う「フルフェイスマスク」への変更が有効な場合もあります。
【ポイント】
マスクは消耗品です。シリコン部分が劣化していると、どれだけ調整してもフィット感が得られずリークの原因になります。半年から1年を目安に交換を検討してください。
設定は見直せる?機器調整による解決策【加湿・圧力編】
マスクの調整や寝る姿勢を変えても症状が改善しない場合、CPAP機器の設定そのものにアプローチする必要があります。ただし、設定の変更は必ず主治医の指示の下で行ってください。
加湿機能の活用とチューブの温度管理
意外かもしれませんが、「鼻詰まり」が呑気症の隠れた原因になっていることがあります。鼻が詰まると無意識に口呼吸になり、空気を飲み込みやすくなるためです。
- 加湿機能(Humidifier): 鼻腔内の湿度を保ち、鼻詰まりや鼻の不快感を防ぐことで、口呼吸を抑制します。
- 温度管理: 冬場など、チューブ内で結露が発生すると不快感で目覚めてしまうことがあります。加熱式チューブ(ヒーテッドチューブ)を使用し、適切な温度を保つことが推奨されます。
【注意】
一部の研究では、加湿器を使用している患者さんの方が呑気症の報告が多いというデータもあります。これは「加湿器が原因」というよりも、「不快感が強いため様々なオプションを試している」結果である可能性が高いですが、ご自身に合うかどうかは試してみる価値があります。
EPR(呼気圧リリーフ)やスロープ機能の活用
「息を吐くのが苦しい」と感じて空気を飲み込んでしまっている場合、以下の機能が有効です。
- EPR(Expiratory Pressure Relief)/ C-Flex: 息を吸う時は圧力をかけ、息を吐く時だけ圧力を弱める機能です。これにより呼吸のリズムが整い、不必要な嚥下(空気飲み込み)を減らせる可能性があります。
- ランプ(Ramp)機能: 入眠時は低い圧力からスタートし、眠った後に徐々に治療圧まで上げる機能です。寝入りばなの緊張による空気嚥下を防ぎます。

症状が続く場合は?医師への相談目安と注意点
呑気症は「慣れ」で治まることも多いですが、我慢しすぎると治療の継続が困難になります。以下のような場合は、遠慮なく医師に相談してください。
自己判断での中断はNG!相談すべきタイミング
- 強い腹痛・嘔吐: お腹が張りすぎて激痛がある、または吐き気を催す場合。
- 翌日まで症状が残る: 朝起きてもガスが抜けず、日中の食欲不振や不快感が続く場合。
- 睡眠不足の悪化: お腹の張りが気になって夜中に何度も起きてしまう場合。
【重要】
CPAPを自己判断で中止すると、睡眠時無呼吸症候群による心臓・脳血管へのリスクが再び高まってしまいます。「辛いので設定を変えたい」と相談すれば、圧力を下げる、APAP(自動調整モード)へ変更するなど、医師は多くの選択肢を持っています。
胃の中に溜まった空気を出す方法(ガス抜き)
朝起きてお腹が張っている時は、以下の方法でガス抜きを促しましょう。
- うつ伏せや「の」の字マッサージ: 腸の動きを促します。
- ガス抜きのポーズ: 仰向けになり、両膝を抱えて胸に引き寄せるポーズ(ヨガのポーズ)が有効です。
- 軽い歩行: 起床後に少し歩くことで、腸の蠕動運動が活発になり、排ガス(おなら)として抜けやすくなります。
よくある質問(Q&A)
Q1. お腹の張りは、使い続ければ治りますか?
A. 多くの場合は改善します。
マスクの装着や呼吸のコツ(舌の位置など)に慣れてくると、自然と空気を飲み込まなくなる方が大半です。多くの方で時間とともに軽快することが多いので、初期の辛い時期を乗り越えるために、一時的に圧力を下げることも有効ですので相談してください。
Q2. 市販の胃薬(ガス抜き薬)を飲んでもいいですか?
A. 医師に相談の上、ジメチコン(消泡剤)などが処方されることがあります。
胃の中の泡を消してガスを排出しやすくする薬(ガスピタンなど)が有効な場合があります。ただし、無呼吸症候群の他の薬との飲み合わせもあるため、まずは主治医に処方を相談するのが最も安全です。
Q3. ゲップやおならが増えて恥ずかしいです。
A. 治療の副作用ですので、恥ずかしがらずに対策しましょう。
飲み込んだ空気は必ずどこかから出なければなりません。我慢すると腹痛の原因になります。お手洗いで意識的に出す、締め付けの少ないパジャマを着るなど、出しやすい環境を作りましょう。
まとめ:呑気症は「設定」と「慣れ」で解決できる
CPAP治療中のお腹の張り(呑気症)は、決して珍しいことではありません。原因は「空気漏れ」「圧力設定」「飲み込み癖」のいずれかにあることがほとんどです。
- まずはマスクのフィット感と寝る姿勢を見直す。
- 加湿機能やEPR(呼気圧リリーフ)を活用する。
- 辛い時は自己中断せず、主治医に圧力調整を依頼する。
「お腹が苦しいから」と治療をやめてしまうのが、あなたの体にとって一番のリスクです。必ず解決策はありますので、次回の診察時に「エアロファジアで困っている」と伝えてみてください。
次に読むことをおすすめする記事
【睡眠時無呼吸症候群と逆流性食道炎の「負の連鎖」|原因と治療法】
「CPAPでお腹が張る」「胸焼けもある」と読むと、『そもそもSASと逆流性食道炎はどんな関係なのか?』と感じる方も多いと思います。その疑問に、呼吸と胃酸のメカニズムから丁寧に答えている記事です。
【睡眠時無呼吸と腸内環境の深い関係|脳腸相関と改善策を解説】
呑気症の記事で「ガス抜き」や腸の動きに関心を持った方には、睡眠と腸内環境のつながりも知っていただくと、全体像が見えやすくなります。脳腸相関の視点から、腸を守る生活習慣のヒントを得たい方に向いた内容です。
参考文献
- Positive Airway Pressure-Related Aerophagia in Obstructive Sleep Apnea: Results from the InterfaceVent Real-Life Study
- 著者: C Vidal, et al.
- 掲載誌: Journal of Clinical Medicine, 2025
- Prevalence of continuous positive airway pressure-related aerophagia in obstructive sleep apnea: an observational study of 753 cases
- 著者: Fukutome T, et al.
- 掲載誌: Sleep and Breathing, 2024
- Gastrointestinal symptoms and CPAP-related aerophagia: A questionnaire study
- 著者: Hillamaa A, et al.
- 掲載誌: Sleep and Breathing, 2025
- Management of obstructive sleep apnoea in primary care
- 著者: CM Ellender, et al.
- 掲載誌: Australian Journal of General Practice, 2024
- Aerophagia (Air Swallowing): Causes, Symptoms, and Treatment
- 発行元: Sleep Foundation (Medical Review Board), 2024
この記事の監修者
医療法人社団心匡会 理事長 中村 文保
- 日本内科学会 総合内科専門医
- 日本消化器病学会 消化器病専門医
- 日本消化器内視鏡学会 専門医
- 日本肝臓学会 肝臓専門医
当院は、金沢・野々市・白山市の皆様に信頼される「地域のかかりつけ医」として、専門性の高い医療を提供しています。CPAP治療に伴う消化器症状(お腹の張り、胸焼け)についても、専門的な視点からサポートいたします。
