急激に襲ってくる下腹部の痛みや、止まらない下痢は、日常生活に大きな支障をきたすだけでなく、重大な疾患のサインである可能性があります。
単なる冷えやストレスと自己判断して放置すると、背景に潜む炎症性腸疾患や腫瘍を見逃してしまう危険性があります。下腹部痛と下痢が同時に起こる原因は、感染症から慢性疾患まで様々です。
本記事では、症状の原因を見極めるための検査選択について詳しく解説します。
下腹部痛と下痢を引き起こす主要な病態と鑑別
下腹部痛と下痢が同時に生じる場合、腸管内で異常が起きている証拠です。原因はウイルスなどの感染症から、潰瘍性大腸炎のような難病、機能的な問題まで多岐にわたります。
感染性腸炎による急性の炎症反応
突然の腹痛と水様便が見られる場合、ウイルスや細菌による感染性腸炎を第一に疑い、ノロウイルスやロタウイルスなどのウイルス性、あるいはカンピロバクターやサルモネラなどの細菌性が代表的です。
病原体が腸管粘膜に侵入すると、体は異物を排出しようと激しい蠕動運動を起こし、強い腹痛と下痢が生じます。冬場はノロウイルスなどのウイルス性が流行しやすく、夏場は加熱不十分な肉類や魚介類を原因とする細菌性が増える傾向にあります。
原因となる病原体によって潜伏期間が異なり、数時間で発症するものから、数日経ってから忘れた頃に症状が出るものまで様々です。
特に腸管出血性大腸菌(O157など)による感染は、重篤な溶血性尿毒症症候群(HUS)を起こす可能性があり、単なる下痢とは異なり、命に関わる事態に進展することがあります。
感染源に心当たりのある場合や、激しい血便を伴う場合は、自己判断せず迅速に医療機関を受診し、適切な検査と管理を受けることが重要です。
また、長期にわたる抗生物質の服用後に発症するクロストリディオイデス・ディフィシル感染症(CDI)は、偽膜性腸炎を起こし、重症化すると致死的な場合があります。
CDIは便中トキシン検査で診断され、一般的な細菌性腸炎とは異なる特殊な治療が必要です。抗生物質歴がある場合は、必ず医師に伝えてください。
発熱や嘔吐を伴う場合の対応
感染性腸炎では、消化器症状だけでなく発熱や嘔吐を伴うケースが多く見られます。脱水症状に注意しながら、整腸剤による対症療法で改善を待つことが一般的です。
下痢は体内の毒素を外に出そうとする防御反応でもあるため、安易に強い下痢止めを使って腸の動きを止めることは避けるべきです。
また、血便が出る場合や痛みが激しい場合は、細菌性の重篤な腸炎の可能性があるため、抗生物質の投与が必要かを見極める検査を行います。
炎症性腸疾患(IBD)の可能性
数週間から数ヶ月にわたり下痢と腹痛が続く場合、潰瘍性大腸炎やクローン病といった炎症性腸疾患を考慮します。免疫異常により腸管に慢性的な炎症が起こる難病であり、自然治癒することは稀です。
特に若い世代での発症が増加傾向にあり、早期発見と専門的な治療介入が予後を左右し、長期間にわたって炎症を放置すると、腸が狭くなる狭窄(きょうさく)や、がん化のリスクが高まることが知られています。
若いから大丈夫と過信せず、症状が長引く場合は専門医への相談が必要です。
IBDの治療は、以前はステロイドや免疫調節薬が中心でしたが、近年では生物学的製剤やJAK阻害薬など、効果の高い薬が開発され、炎症を強力に抑制し、長期的な寛解(症状が落ち着いている状態)を維持できるようになっています。
ただし、これらの治療薬は内視鏡やCT検査による正確な診断と、病態の活動性を評価した上でなければ使用できないため、精密検査は治療方針の決定に不可欠です。
近年のIBD治療では、症状の消失だけでなく、粘膜治癒(Mucosal Healing)、すなわち内視鏡で見て炎症が完全に治まっている状態を目指すことが目標とされています。
粘膜治癒を達成することで、再燃率の低下や長期的な予後の改善が期待できます。
粘血便の有無が重要なサイン
潰瘍性大腸炎では、便に血液や粘液が混じる粘血便が特徴的な症状で、トイレの水が赤くなるほどの出血が見られることもあれば、便に赤い筋が混じる程度のこともあります。
一方、クローン病では肛門病変(痔ろうなど)を伴うことが多く、お尻の痛みが先行する場合もあります。このような兆候がある場合は、単なる下痢止めで様子を見ず、消化管の内部を直接確認する検査へ進むことが必要です。
主な疾患と特徴的な症状の比較
| 疾患名 | 主な痛みの部位 | 特徴的な便の性状 |
|---|---|---|
| 感染性腸炎 | へそ周りから下腹部全体 | 水様便(時に血便) |
| 潰瘍性大腸炎 | 左下腹部が中心 | 粘血便、泥状便 |
| クローン病 | 右下腹部が多い | 下痢、軟便 |
| 過敏性腸症候群 | 左下腹部や腹部全体 | ウサギの糞状、軟便 |
| 大腸憩室炎 | 右または左下腹部 | 下痢または便秘 |
過敏性腸症候群(IBS)という機能障害
検査で明らかな炎症や潰瘍が見つからないにもかかわらず、腹痛と下痢を繰り返す場合、過敏性腸症候群(IBS)と診断します。これは、腸の知覚過敏や運動機能の異常によって起きる病気です。
ストレスや特定の食事がトリガーとなり、排便によって腹痛が軽減するのが典型的な特徴で、セロトニンなどの神経伝達物質が腸内で過剰に分泌されることで、腸が激しく動きすぎてしまい、水分を吸収しきる前に排便されて下痢となります。
通勤や通学の途中、会議の前など、緊張する場面で急にお腹が痛くなるケースが多く、生活の質(QOL)を大きく低下させる要因となります。
IBSは、便の形状や回数によって「下痢型」「便秘型」「混合型」の3つのサブタイプに分類されます。
下痢型IBSの場合、突然の激しい便意(切迫便意)が特徴で、電車やバスに乗るのが不安になるなど、社会活動への参加をためらわせる原因となり得ます。
ただし、IBSの治療薬も進化しており、下痢型にはセロトニン受容体拮抗薬(ラモセトロンなど)、便秘型には上皮機能変容薬(リナクロチドなど)が用いられ、症状のタイプに合わせたきめ細かな対応が可能です。
緊急性が高い症状と受診のタイミング
腹痛や下痢の中には、様子を見ずに直ちに医療機関へ行くべき危険なサインがあります。特に便に血が混じる場合や、冷や汗が出るほどの激痛、水分が摂れず脱水が進んでいる場合は一刻を争います。
出血や黒色便が見られる場合
便に鮮血が混じっている、あるいはタールのような黒い便が出る場合は、消化管のどこかで出血が起きている証拠です。鮮血であれば大腸や直腸からの出血、黒色便であれば胃や十二指腸からの出血が疑われます。
大量出血による貧血やショック状態に陥る前に、出血源を特定し止血処置を行う必要があります。出血量が多いと血圧が低下し、意識が遠のくなどのショック症状が現れることがあり、この場合は救急車の要請も検討すべき事態です。
虚血性大腸炎の可能性
高齢者や便秘がちな人が、突然の激しい左下腹部痛の直後に下血を起こした場合、虚血性大腸炎の可能性が高いです。腸への血流が一時的に阻害されることで粘膜が壊死する病態で、絶食と安静が必要となるため、速やかな受診が大切です。
動脈硬化などの血管因子を持っている方に多く見られ、脱水が引き金となることもあるため、水分摂取への配慮も予防には欠かせません。
我慢できない激痛や腹部の張り
冷や汗が出るほどの激痛、あるいは歩くとお腹に響くような痛みがある場合、腹膜炎を起こしている可能性があり、腸管に穴が開く穿孔(せんこう)などの緊急手術を要する事態も想定されます。
また、お腹がパンパンに張ってガスも出ない場合は腸閉塞の疑いがあり、この場合も緊急対応が必要です。
腸閉塞の前兆として、お腹の中で「キンキン」という金属音が聞こえることがあり、これは腸が詰まりを乗り越えようと必死に動いている音です。
脱水症状と全身状態の悪化
激しい下痢が続くと、体内の水分と電解質が急速に失われ、口の渇き、尿量の減少、立ちくらみ、皮膚の乾燥といったサインは脱水症状の現れです。
警戒すべき随伴症状リスト
- 38度以上の高熱が続き解熱剤が効かない
- 便に明らかな血液や多量の粘液が混ざる
- 痛みが一点に集中し、押すと強く痛む
- 水分を受け付けず、嘔吐を繰り返す
- 体重が短期間で数キロ単位減少している
- 夜間の睡眠中も便意で目が覚める
特に高齢者や小児は脱水の進行が早いため、水分摂取が困難な場合は点滴による補正を実施します。
高齢者の場合、喉の渇きを感じにくくなっていることがあり、自覚症状がないまま脱水が進行し、意識障害を起こすこともあるため、周囲の注意が必要です。
問診と身体診察で得られる情報の重要性
高度な機器を使う前に、問診と身体診察を行うことで診断に必要な多くの手がかりが得られます。いつから症状があるか、食事の内容、服用中の薬などは原因特定に不可欠な情報です。
詳細な病歴聴取が診断の鍵
いつから症状が始まったのか、食事の内容、海外渡航歴、周囲での感染症の流行状況などは、感染性腸炎の診断において極めて重要な情報です。渡航先によっては、日本では珍しい寄生虫や細菌に感染しているリスクも考慮しなければなりません。
また、過去に同様の症状があったか、家族に腸の病気の人はいないかといった情報は、慢性疾患や遺伝的要因を考慮する上で役立ちます。
炎症性腸疾患や大腸がんは遺伝的な要素も関与するため、血縁者の病歴は診断の確度を高めるための有力な材料です。
医師に伝えるべき項目一覧
| 項目 | 伝えるべき内容 | 診断への寄与 |
|---|---|---|
| 発症時期 | いつ、どのような状況で始まったか | 急性か慢性かの判断 |
| 便の性状 | 色、形、血液や粘液の有無、回数 | 出血源や炎症の程度の推定 |
| 食事内容 | 生もの、加熱不十分な肉の摂取 | 食中毒の原因菌の推定 |
| 腹痛の性質 | 持続的か波があるか、食前食後の変化 | 機能性か器質性かの鑑別 |
| 既往歴 | 過去の大腸ポリープや手術歴 | 再発や癒着の可能性の検討 |
服用中の薬剤情報の確認
抗生物質、痛み止め(NSAIDs)、血栓予防薬などは、副作用として腸管粘膜を傷つけ、出血や下痢を起こすことがあります(薬剤性腸炎)。
特に高齢者が腰痛などで痛み止めを常用している場合、それが原因で腸に潰瘍ができているケースも少なくありません。
現在服用している薬、あるいは直近まで服用していた薬の情報を医師に伝えることは、不要な検査を避け、原因を特定するために大切です。
触診による腹部所見の確認
医師はお腹を触ることで、痛みの位置だけでなく、腸の動き(グル音)、ガスの溜まり具合、しこり(腫瘤)の有無を確認します。
聴診器でお腹の音を聞くことも重要で、音が全く聞こえない場合は腸の動きが停止している危険なサインである可能性があります。
腹膜刺激症状と呼ばれる、お腹を押して離した時に強く痛む反応(反跳痛)があれば、腹膜炎を疑い緊急検査へ移行します。これは炎症が腸の内側だけでなく、お腹全体を包む腹膜にまで波及していることを意味し、手術が必要な状況です。
血液検査と便検査によるスクリーニング
体への負担が少ない血液検査と便検査は、炎症の数値や見えない出血を確認するために最初に行われ、結果は、細菌感染の有無や脱水の状態、貧血の進行度を客観的に示します。
内視鏡などの精密検査が必要かどうかを判断する重要な材料となり、病状の緊急度を見極めるためのスクリーニングとして機能します。
血液検査で読み解く炎症反応
血液中の白血球数(WBC)やC反応性蛋白(CRP)は、体内で炎症が起きていると上昇し、数値が高い場合、細菌感染や活動期の炎症性腸疾患などが疑われます。
ただし、CRPの上昇には個人差があり、高齢者などでは重症でも数値が上がりにくいことがあるため、数値だけで安心することはできません。
また、ヘモグロビン(Hb)の値を調べることで、目に見えない出血による貧血の有無を確認し、病勢の長期化や重症度を評価します。
腫瘍マーカー(CEAやCA19-9)を測定することもありますが、これらは早期がんでは上昇しないことも多く、あくまで補助的な指標です。
電解質バランスの確認
激しい下痢が続いている場合、ナトリウムやカリウムといった電解質のバランスが崩れていることがあり、カリウムが極端に低下すると、筋力の低下や不整脈を起こすリスクがあるため、慎重なモニタリングが必要です。
血液検査でこれらの値をチェックし、腎機能障害(クレアチニン値など)が起きていないかを確認することは、全身管理の上で非常に重要です。
さらに、アルブミン値や総蛋白といった栄養状態を示すマーカーも重要です。慢性的な下痢や炎症性腸疾患では、栄養吸収障害や蛋白漏出によりこれらの数値が低下し、全身状態の悪化を招くため、治療の必要性を判断する基準となります。
便検査による病原体と潜血の確認
便培養検査では、提出された便から食中毒の原因となる細菌を検出します。結果が出るまで数日を要しますが、確定診断には欠かせません。
また、便潜血検査は大腸がん検診で一般的ですが、下痢症状がある場合に陽性が出れば、腫瘍だけでなく強い炎症による出血も示唆されます。
痔による出血と混同されることが多いため、陽性が出た場合は自己判断せず、必ず精密検査を受けることが大切です。
主な検体検査項目と目的
- 白血球数・CRP:全身の炎症レベルを測定する
- ヘモグロビン値:慢性的な出血による貧血を検知する
- 電解質(Na, K, Cl):脱水の状態とイオンバランスを評価する
- 便培養:カンピロバクター等の病原菌を特定する
- 便中トキシン:抗菌薬起因性のクロストリディオイデス腸炎を調べる
- 便中カルプロテクチン:腸管の炎症の有無を非侵襲的に推測する
カルプロテクチン検査の活用
近年では、便中のカルプロテクチンという物質を測定する検査が普及しています。
これは腸管内の炎症状態を鋭敏に反映するマーカーであり、内視鏡検査を行う前に、IBS(炎症なし)かIBD(炎症あり)かをある程度見分けるための補助診断として有用です。
この検査によって、不要な内視鏡検査を減らすことができるケースもあり、患者さんの負担軽減につながる有用なツールとして注目されています。
腹部超音波とCT検査による画像診断
お腹の中を画像化する超音波やCT検査は、腸の壁の厚さや周囲への炎症の広がりを客観的に捉え、内視鏡では見えない腸の外側の状態や、憩室炎、腸閉塞といった病変の発見に優れています。
低侵襲でリアルタイムな超音波検査
超音波検査は、放射線被曝がなく、ゼリーを塗ってプローブを当てるだけで行えるため、妊婦や小児でも安心して受けられ、腸管のむくみや動き、腹水の有無をその場で確認できます。
特に虫垂炎(盲腸)や憩室炎の診断においては、痛む場所を直接観察できるエコーは有用です。
さらに、腸だけでなく肝臓や胆嚢、膵臓、腎臓といった周囲の臓器も同時に観察できるため、腹痛の原因が腸以外にある場合の見落としを防ぐことができます。
エコー検査の限界
超音波は空気(ガス)を通さないため、腸内にガスが充満していると奥の臓器が見えにくくなるという弱点があります。
下痢や腸閉塞の時はガスが溜まりやすく、観察条件が悪くなることも少なくありません。また、肥満体型の方では深部の描出が困難な場合があり、そのような場合にはCT検査を選択します。
客観性と情報量に優れたCT検査
CT検査はX線を使って体の断面図を撮影し、大腸憩室炎による穿孔や膿瘍形成、虚血性大腸炎による腸管浮腫、腸閉塞の原因検索などに極めて有効です。
造影剤を使用することで、血流の状態や腫瘍の染まり具合を評価し、より精度の高い診断が可能となります。
ただし、造影剤は腎臓に負担をかけることがあるため、腎機能が低下している方やアレルギーがある方には使用を控えるか、慎重に判断します。
CTで発見可能な病変と所見
| 疑われる疾患 | CT画像での主な特徴 | 診断の確実性 |
|---|---|---|
| 大腸憩室炎 | 腸管壁から飛び出した袋状の構造と周囲の脂肪織混濁 | 極めて高い |
| 虚血性大腸炎 | 特定範囲の腸管壁の肥厚とむくみ | 高い |
| 腸閉塞 | 腸管の拡張と閉塞起点の特定(ニボー形成) | 極めて高い |
| 大腸がん | 進行がんによる腸管壁の不整な肥厚や腫瘤 | 進行度による |
| 虫垂炎 | 腫大した虫垂と周囲の炎症像 | 高い |
特にクローン病の診断においては、CTやMRIによる小腸造影検査が重要な役割を果たします。
これは内視鏡では到達しにくい小腸全体を評価し、病変の広がり、狭窄、瘻孔(ろうこう)形成といった合併症の有無を客観的に把握するために必要不可欠な検査です。
大腸内視鏡検査による確定診断の役割
下腹部痛と下痢の確定診断において、大腸内視鏡検査は最も確実な情報を与えてくれます。粘膜の微細な変化を直接観察し、組織を採取して病理診断を行うことで、炎症性腸疾患や大腸がんを正確に診断できます。
粘膜の直接観察と生検組織診断
炎症性腸疾患の診断において、内視鏡は決定的な役割を果たします。
潰瘍性大腸炎であれば連続性の炎症や血管透見像の消失、クローン病であれば縦走潰瘍や敷石像といった特徴的な所見を目視で確認します。
特殊光観察(NBIなど)を用いることで、通常光では見えにくい微細な血管構造や粘膜模様を強調し、炎症の範囲や腫瘍の質的診断の精度を向上させています。
さらに、炎症部分の組織をつまみ取り(生検)、顕微鏡で病理診断を行うことで、確定診断に至ります。
採取された組織は、病理医によって詳細に分析され、内視鏡的な所見だけでなく、組織学的に粘膜の炎症細胞の浸潤や腺管構造の破壊などを確認することで、潰瘍性大腸炎とクローン病の鑑別、悪性度の評価を行います。
特に炎症性腸疾患の場合、組織学的所見が疾患の活動性を判断し、どの治療薬が最も効果的かという治療方針を決定する上で重要な根拠です。
感染性腸炎との鑑別
アメーバ赤痢やサイトメガロウイルス腸炎など、特定の病原体による腸炎は、内視鏡で見ると特有の潰瘍を形成することがあります。
生検組織を用いて特殊な染色や培養を行うことで、原因微生物を特定し、適切な治療薬を選択する根拠となります。見た目だけでは潰瘍性大腸炎と区別がつきにくいケースもあり、誤った治療を防ぐためにも組織診断は非常に重要です。
大腸がんやポリープの発見と治療
慢性的な下痢と腹痛の背後に、進行大腸がんが隠れていることがあります。がんで腸が狭くなり、通過障害が起きることで症状が出現します。
内視鏡検査ではこれらを発見するだけでなく、前がん病変であるポリープをその場で切除することも可能です。
ポリープの段階で切除してしまえば、将来的な大腸がんの予防につながるため、症状がある時の検査はがん予防のチャンスでもあります。
内視鏡検査が推奨されるケース一覧
- 便潜血検査で陽性反応が出た
- 下痢や腹痛が1ヶ月以上続いている
- 体重減少や貧血の進行が見られる
- 血縁者に大腸がんや炎症性腸疾患の人がいる
- CT検査で腸の壁が厚くなっていると指摘された
- 過去に大腸ポリープを指摘されたことがある
苦痛を軽減する鎮静剤の使用
「内視鏡は痛い」というイメージを持つ方も多いですが、現在は鎮静剤を使用して眠ったような状態で検査を受けることが一般的です。
意識下鎮静法と呼ばれる方法では、呼びかけには応じられる程度の浅い鎮静から、ぐっすりと眠る深い鎮静まで、患者さんの希望や状態に合わせて調整が可能です。
腹痛がある状態での検査は苦痛を伴いやすいため、鎮静剤を適切に使用し、愛護的な操作で検査を行う技術が専門医には求められます。
過敏性腸症候群(IBS)診断へのアプローチ
検査で目に見える異常がないにもかかわらず症状が続く場合、過敏性腸症候群の可能性を検討します。腸の知覚過敏や自律神経の乱れが原因であり、国際的な基準に基づいて診断されます。
Rome IV基準を用いた診断
IBSの診断には世界的な基準である、Rome IV基準が用いられます。
これは、繰り返す腹痛が「排便に関連する」「排便頻度の変化に関連する」「便性状の変化に関連する」のうち2つ以上を満たす場合などを定義しています。
しかし、この基準を満たしていても、大腸がんやIBDが隠れていないとは言い切れず、医師はこの基準に照らし合わせつつ、他の病気が隠れていないかを慎重に見極めます。
心身相関への理解と治療
腸は「第二の脳」とも呼ばれ、脳と腸は自律神経を介して密接に連携していて(脳腸相関)、ストレスや不安が自律神経のバランスを乱し、腸の知覚過敏を起こすことがIBSの本質です。
診断がついた後は、食事療法や生活指導に加え、消化管運動機能改善薬や、場合によっては抗不安薬などを用いて治療を行います。
発酵性食品を控える低FODMAP食療法なども効果的ですが、栄養バランスを崩さないよう、専門家の指導のもとで行うことが推奨されます。
類似疾患との鑑別の重要性
IBSと似た症状を示す疾患に、SIBO(小腸内細菌増殖症)や乳糖不耐症、セリアック病などがあります。SIBOは、小腸内で細菌が異常に増殖し、ガスや下痢を起こす病態で、IBSと誤診されやすい疾患の一つです。
IBSの治療を行っても改善しない場合は、呼気テストなどの特殊な検査を行い、これらの疾患が隠れていないかを検討する必要があります。
安易に「精神的なもの」と片付けず、多角的な視点で原因を探ることが大切です。
検査による除外のステップ
| 検査フェーズ | 目的 | IBS診断における意義 |
|---|---|---|
| スクリーニング検査 | 炎症反応や貧血の確認 | 全身性疾患や強い炎症の否定 |
| 画像・内視鏡検査 | がん、ポリープ、IBDの確認 | 器質的異常の完全な否定(除外診断の確立) |
| 治療的診断 | 投薬による反応の観察 | 症状緩和による確定診断の補強 |
よくある質問
下腹部痛と下痢で悩む方から多く寄せられる疑問について、回答をまとめました。受診の目安や検査への不安、ストレスとの関係など、患者さんが抱きやすい不安を解消するための情報を記載しています。
- 下痢と腹痛だけで受診して良いですか?
-
もちろんです。市販薬で様子を見ているうちに重症化するケースがあります。
特に痛みが強い場合や血便がある場合、あるいは症状が長引いて生活の質が低下している場合は、我慢せずに消化器内科を受診してください。
また、夜も眠れないほどの痛みや、体重が減ってきている場合は、体が発しているSOSサインです。
- 内視鏡検査の準備は大変ですか?
-
大腸内視鏡検査を受けるには、事前に下剤を服用して腸の中を空っぽにする必要があります。
数リットルの洗浄液を飲むのが大変と感じる方もいますが、近年は飲みやすい味の洗浄液や、錠剤タイプの下剤も登場しています。
自宅で飲むのが不安な方は、院内の専用スペースで看護師のサポートを受けながら服用することも可能です。前日の食事制限も、専用の検査食を利用すれば空腹感も少なく、スムーズに準備を進めることができます。
- ストレスが原因と言われましたが治りますか?
-
過敏性腸症候群(IBS)のようにストレスが関与する疾患は、完治というよりも「症状とうまく付き合える状態」を目指すことが多いです。
焦らず治療を続けることで、症状が出ない期間(寛解期)を長くしていくことができます。
薬物療法と生活習慣の改善、食事療法(低FODMAP食など)を組み合わせることで、症状を劇的に改善し、薬が不要になることも十分に可能です。
- 検査当日の食事はどうすれば良いですか?
-
腹部超音波検査や血液検査を行う場合、食後の状態だと正確な結果が得られないことがあります(胆嚢が収縮したり、血糖値が変動するため)。
可能な限り、受診前の食事は抜くか、消化の良いものを軽めに摂り、予約時に指示がある場合はそれに従ってください。
CT検査で造影剤を使用する場合は、嘔吐のリスクを避けるために数時間の絶食が必要になることが一般的です。水分(水やお茶)は摂取しても問題ない場合が多いですが、牛乳やジュースは避けましょう。
以上
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