排便後も便が残っているようなすっきりしない感覚(残便感)と、お腹をくだす下痢の症状の二つが同時に長く続くと、日常生活に支障をきたすだけでなく、何か重い病気ではないかと不安に感じる方も多いのではないでしょうか。
症状は、一時的な体調不良から、専門的な治療が必要な病気のサインである可能性まで、様々な原因が考えられます。
この記事では、残便感と下痢が続く背景にある原因や、隠れている可能性のある病気、そして正確な診断のために医療機関での検査がいかに大切であるかを詳しく解説します。
残便感と下痢はなぜ同時に起こるのか
残便感と下痢は、一見すると正反対の症状のように思えるかもしれません。しかし、消化器、特に大腸の働きに異常が生じると、二つの症状が関連して現れることもあります。
残便感の正体とは
残便感とは排便したにもかかわらず、まだ腸の中に便が残っているように感じる不快な症状です。実際に便が直腸に残っている場合と、そうでない場合があります。
実際に便が残る原因としては便を押し出す腸の運動機能の低下や、便の通り道が何らかの原因で狭くなっていることが考えられます。
便が残っていないにもかかわらず残便感が生じるのは、直腸の粘膜が炎症を起こしたりポリープやがんなどの異物ができたりして、常に直腸が刺激されている状態が原因です。
下痢が起こる体の仕組み
下痢は、便の水分量が異常に多くなった状態で、腸の運動が過剰に活発になり、便が腸を通過するスピードが速すぎて水分を十分に吸収できなかったり、腸の粘膜から水分や粘液が過剰に分泌される場合に起こります。
炎症や感染、ストレスなどが、腸の運動や水分の分泌に影響を与える主な要因です。
二つの症状が結びつく背景
腸に炎症があったりポリープやがんなどの異物があると、腸は体外へ排出しようとして動きが活発になり、下痢を起こします。同時に、炎症や異物が直腸付近にある場合、常に刺激となって残便感を生み出します。
また、腸が狭くなっている(狭窄)場合固形の便は通過しにくくなりますが、隙間を水分や軟らかい便だけがすり抜けて下痢として排出され、固形の便は残っているため強い残便感を感じるのです。
大腸の器質的な異常は、残便感と下痢という二つの症状を同時に起こす共通の原因となり得ます。
症状の組み合わせから考えられる腸の状態
腸の状態 | 残便感の原因 | 下痢の原因 |
---|---|---|
炎症・腫瘍 | 直腸への持続的な刺激 | 水分の過剰分泌・腸運動の亢進 |
狭窄(狭くなる) | 固形便の滞留 | 固形便の脇を液体がすり抜ける |
機能異常 | 知覚過敏 | ストレスなどによる腸運動の異常 |
一時的な症状と注意すべき症状の違い
暴飲暴食や一時的なストレスによる残便感や下痢は数日で改善することがほとんどですが、症状が数週間にわたって続いたり、だんだん悪化したりする場合は注意が必要です。
特に、体重減少、発熱、血便などを伴う場合は、単なる体調不良ではなく、背景に何らかの病気が隠れている可能性を考え、医療機関へ相談してください。
残便感と下痢から考えられる主な病気
残便感と下痢が続く場合原因は多岐にわたり、ストレスなどが関与する機能的な問題から、腸に明らかな異常が生じている器質的な病気まで様々です。
機能性の問題 過敏性腸症候群(IBS)
過敏性腸症候群(Irritable Bowel Syndrome)は、大腸内視鏡検査などで調べても、炎症や腫瘍といった目に見える異常がないにもかかわらず、腹痛や腹部の不快感、便通の異常が続く病気です。
ストレスや生活習慣の乱れが、腸の運動機能や知覚機能に影響を与えることが原因と考えられ、下痢が主な症状となる下痢型、便秘が主な便秘型、下痢と便秘を繰り返す混合型があります。
下痢型の場合急な便意とともに下痢が起こり、排便後もすっきりしない残便感を伴うことがよくあります。
炎症が原因の病気 炎症性腸疾患(IBD)
炎症性腸疾患(Inflammatory Bowel Disease)は、腸の粘膜に慢性的(長引く)な炎症や潰瘍を起こす病気の総称で、主に潰瘍性大腸炎とクローン病に分けられます。
どちらも自己免疫の異常が関与していると考えられており、頻繁な下痢、血便、腹痛、強い残便感が主な症状として現れます。活動期(症状が強い時期)と寛解期(症状が落ち着いている時期)を繰り返すのが特徴です。
主な炎症性腸疾患の比較
病名 | 主な炎症の場所 | 特徴的な症状 |
---|---|---|
潰瘍性大腸炎 | 大腸の粘膜(特に直腸から広がる) | 粘血便、下痢、腹痛、しぶり腹 |
クローン病 | 消化管のあらゆる場所(口から肛門まで) | 腹痛、下痢、体重減少、発熱、痔ろう |
感染によるもの 感染性腸炎
細菌やウイルスなどの病原体に感染することで起こる急性の腸炎で、サルモネラ菌、カンピロバクター、ノロウイルスなどが原因です。激しい下痢や腹痛、発熱、嘔吐などが主な症状ですが、炎症が直腸に及ぶと残便感を伴うこともあります。
通常は数日から1週間程度で改善しますが、症状が長引く場合は他の病気との鑑別が必要です。
薬剤が起こすケース
一部の薬剤は、副作用として下痢や腸炎を起こすことがあります。
抗生物質は腸内の善玉菌と悪玉菌のバランスを崩し、下痢を誘発することが知られていて、痛み止めとして使われる非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)なども、長期に使用すると腸に潰瘍や炎症を起こすことがあります。
特定の薬を飲み始めてから症状が現れた場合は、その薬が原因である可能性が高いです。
特に注意したい大腸がんの可能性
残便感や下痢といった症状はありふれたものではありますが、見過ごしてはならない重大な病気、特に大腸がんのサインである可能性も否定できません。
大腸がんと残便感・下痢の関係
大腸がんが肛門に近い直腸やS状結腸にできると、がん自体が異物となって常に腸壁を刺激するため、便が残っていなくても強い残便感を感じることがあります。
また、がんが大きくなって腸の内側が狭くなると、便の通りが悪くなり、細い便しか出なくなったり、固形の便が通過できずに液体状の便だけが漏れ出て下痢になったりします。
便秘と下痢を繰り返すという症状も、大腸がんの典型的なサインの一つです。
大腸がんの発生部位と主な初期症状
がんの発生部位 | 主な初期症状 | 症状の理由 |
---|---|---|
直腸・S状結腸 | 血便、残便感、便が細くなる | 肛門に近く、出血が分かりやすい |
上行結腸・横行結腸 | 貧血、腹部のしこり | 腸が太く、症状が出にくい |
大腸がんのその他の初期症状
残便感や下痢以外にも、大腸がんを示唆する症状はいくつかあります。
- 血便(便に血が混じる、便器が赤くなる)
- 便が細くなる
- 便秘と下痢を繰り返す
- 原因不明の体重減少
- 貧血(めまい、立ちくらみ、動悸)
症状が一つでも当てはまる場合は自己判断せず、消化器内科などの医療機関を受診してください。
大腸がんのリスクを高める要因
大腸がんの発生には食生活や生活習慣、遺伝などが深く関わっているので、リスク要因を知りご自身の生活を見直すことも予防につながります。
主なリスク要因
カテゴリ | 具体的なリスク要因 |
---|---|
食生活 | 赤肉・加工肉の過剰摂取、野菜・果物の摂取不足 |
生活習慣 | 肥満、運動不足、過度の飲酒、喫煙 |
遺伝的要因 | 家族(特に親子や兄弟)に大腸がんの人がいる |
早期発見がなぜ重要なのか
大腸がんは、早期の段階で発見し適切な治療を行えば、高い確率で治癒が期待できるがんです。
特に、ポリープの段階や、がんが腸の壁の浅い部分にとどまっているうちに見つけられると、内視鏡を使って体への負担が少ない形で切除できます。
症状が出てからでは、がんが進行しているケースも少なくありません。
医療機関を受診するタイミング
残便感や下痢が続くと、いつ病院に行けば良いのか迷うこともあるでしょう。ここでは、受診を決断するための目安や、受診の際に準備しておくと良いことについて解説します。
こんな症状があればすぐに相談を
以下のような症状が一つでも見られる場合は、様子を見ずにできるだけ早く医療機関を受診してください。
受診を急ぐべき警告サイン
- 明らかな血便(便に血が混じる、真っ赤な血が出る)
- 黒色便(イカ墨のような真っ黒な便)
- 原因不明の急な体重減少
- 立っていられないほどの激しい腹痛
- 38度以上の発熱が続く
何科を受診すれば良いか
残便感や下痢といったお腹の症状で相談する場合、まずは消化器内科か胃腸科を受診しましょう。
二つの診療科は、食道から胃、腸、肝臓、胆のう、すい臓といった消化器全般を専門としており、症状の原因を突き止めるための専門的な知識と検査設備を備えています。
かかりつけの内科医がいる場合はまずは相談し、必要に応じて専門医を紹介してもらうということも可能です。
医療機関に伝えるべき情報
診察をスムーズに進め医師が正確な診断を下す助けとするために、ご自身の症状や状況について事前に情報を整理しておくと役立ちます。
診察時に伝えると良い情報
項目 | 確認しておきたい内容 |
---|---|
症状 | いつから? どんな症状? 頻度は? |
便の状態 | 色、形、硬さ、血や粘液の有無 |
既往歴・服薬歴 | これまでの病気、現在飲んでいる薬やサプリメント |
家族歴 | 家族に大腸がんや炎症性腸疾患の人はいるか |
放置するリスク
単なる体調不良だろうと自己判断し、症状を放置してしまうことには大きなリスクが伴います。もし背景に大腸がんなどの病気が隠れていた場合、発見が遅れるほど治療は困難になり体への負担も大きいです。
また、炎症性腸疾患なども治療を受けずにいると症状が悪化し、腸閉塞や穿孔(腸に穴が開くこと)といった重篤な合併症を起こす危険性があります。気になる症状があれば、安心を得るためにもまず専門家に相談することが重要です。
消化器内科で行う主な検査
医療機関では、症状の原因を正確に突き止めるためにいくつかの検査を行い、問診や診察で得られた情報をもとに、医師が必要な検査を判断します。
まず行われる基本的な診察と問診
検査の第一歩は問診と身体診察です。いつからどのような症状があるのか、生活習慣、過去の病気、家族の病歴などを詳しく聞き取り、その後、お腹を触ってしこりや痛みの場所を確認する触診や、聴診器で腸の音を聞く聴診を行います。
肛門から指を入れて直腸の状態を調べる直腸診は、直腸がんや痔の診断に有効な診察です。
便の状態を調べる便検査
便そのものを調べることで、多くの情報を得られます。代表的なものは便潜血検査で、便に混じった目に見えない微量の血液を検出し、大腸がんのスクリーニング検査として広く行われています。
その他、感染が疑われる場合には便の培養検査で原因菌を特定したり、炎症の程度を調べる検査を行います。
腸の内部を直接見る大腸内視鏡検査(大腸カメラ)
残便感や下痢の原因を調べる上で最も重要で確実な検査が、大腸内視鏡検査、いわゆる大腸カメラです。肛門から内視鏡(先端に小型カメラが付いた細長い管)を挿入し、直腸から盲腸までの大腸全体の粘膜を直接、詳細に観察します。
検査により、炎症、ポリープ、がん、潰瘍などの有無を正確に診断でき、また、検査中に疑わしい部分が見つかった場合は、その場で組織の一部を採取(生検)し、顕微鏡で詳しく調べることも可能です。
小さなポリープであれば、その場で切除もできます。
大腸内視鏡検査でわかること
観察対象 | 診断できる主な病気 |
---|---|
色・形 | 大腸ポリープ、大腸がん、炎症性腸疾患 |
出血の有無 | がんやポリープからの出血、虚血性腸炎 |
粘膜の状態 | 潰瘍性大腸炎、クローン病、感染性腸炎 |
必要に応じて行うその他の検査
上記の検査に加えて、全身の状態を評価するために血液検査を行うことも一般的です。炎症の程度を示す数値(CRPなど)や、出血による貧血の有無などを確認します。
また、腹部超音波(エコー)検査やCT検査といった画像検査で、腸の壁の厚さや腸の周りのリンパ節、肝臓など他の臓器の状態を調べることもあります。
検査後の診断と治療の方向性
一連の検査が終わると結果を基に医師が最終的な診断を下し、今後の治療方針について説明します。ご自身の体の状態を正しく理解し、納得して治療に進むための重要な時間です。
診断結果の伝え方
医師は行った検査の結果を、内視鏡写真などの画像も見せながら説明し、診断名だけでなくなぜその病気になったのか、現在の重症度はどの程度か、今後どのような経過をたどる可能性があるのかについても話します。
この時点で分からないことや不安に思うことがあれば、どんな些細なことでも遠慮せずに質問することが大切です。十分に理解し納得することが、前向きに治療に取り組む力になります。
原因疾患ごとの基本的な治療アプローチ
治療法は、診断された病気によって全く異なります。医師、病気の種類や重症度、患者さん一人ひとりの年齢や体力、ライフスタイルなどを総合的に考慮して、最も適切と考えられる治療計画を提案します。
主な疾患と治療の方向性
診断された病気 | 主な治療法 |
---|---|
過敏性腸症候群(IBS) | 生活習慣・食事指導、薬物療法(腸の運動調整薬など) |
炎症性腸疾患(IBD) | 薬物療法(抗炎症薬、免疫抑制薬、生物学的製剤など) |
大腸がん | 内視鏡治療、手術、化学療法、放射線療法など |
生活習慣の改善指導
どのような病気であっても、治療の基本となるのは日々の生活習慣で、過敏性腸症候群のように生活の乱れが症状に直結する病気では、薬物療法と並行して生活習慣の改善が非常に重要です。
医師や管理栄養士から、食事の内容、睡眠、運動、ストレス管理などについてアドバイスがあります。規則正しい生活を心掛けることが、腸の健康を取り戻し再発を防ぐことにつながります。
経過観察の重要性
治療を開始した後も定期的に医療機関を受診し、症状の変化や治療の効果、副作用の有無などを確認する経過観察が必要です。
炎症性腸疾患や大腸がんの治療後は、病状の再燃や再発がないかを長期的に見ていくことが大切で、定期的な診察や検査を通じて、その時々の状態に合わせた対応をとっていきます。
よくある質問
最後に、残便感や下痢の症状で医療機関の受診を考える方から、よくいただく質問と回答をまとめました。受診前の不安解消にお役立てください。
- 検査はつらいですか
-
大腸内視鏡検査に対して、つらい、痛いといったイメージを持つ方も多いかもしれませんが、近年は技術が進歩し、検査に伴う苦痛を大幅に軽減できるようになっています。
多くの医療機関では鎮静剤(眠くなる薬)を使用して、うとうととリラックスした状態で検査を受けることが可能で、検査中の記憶がほとんどないまま、楽に終えられる方が大半です。
- 検査の前に食事制限はありますか
-
正確な大腸内視鏡検査を行うためには、腸の中を空っぽにしておく必要があるため、通常は検査の前日から、消化の良い食事(おかゆ、素うどん、豆腐など)を摂るように指示があります。
きのこ類や海藻、種のある果物など、消化されにくい繊維質の多い食品は避け、検査当日の朝は絶食となり、下剤を服用して腸をきれいに洗浄します。
- 市販薬で様子を見ても良いですか
-
一時的な下痢や腹痛であれば、市販の整腸剤や下痢止めで症状が和らぐこともありますが、症状が2週間以上続いたり、血便や体重減少などの警告サインがあったりする場合には、市販薬で様子を見るのは危険です。
市販薬はあくまで症状を一時的に抑えるものであり、根本的な原因を治すものではありません。特に下痢止めは、感染性腸炎の場合に病原体の排出を妨げてしまい、かえって症状を悪化させることもあるため注意が必要です。
- ストレスだけで残便感や下痢は起こりますか
-
過敏性腸症候群(IBS)がその典型で、ストレスは症状の大きな引き金になります。
脳と腸は自律神経などを通じて密接につながっており(脳腸相関)、強いストレスを感じると、腸の運動に異常が生じたり、痛みを感じやすくなったりします。
しかしストレスが原因だと自己判断する前に、大腸がんや炎症性腸疾患といった腸に形として現れる病気がないことを、検査できちんと確認しておくことが非常に重要です。
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