下痢なのに食べたいという矛盾した症状は、胃の機能は正常だが腸の運動だけが過敏になっている状態を示唆しており、過敏性腸症候群や自律神経の乱れが関与しているケースが多く見られます。
自己判断で絶食を続けると栄養不足で腸の回復が遅れる一方、無防備な食事は症状を悪化させます。大切なのは、食欲という身体のサインを肯定しつつ、水溶性食物繊維などを活用した腸を休ませながら栄養を摂る食事戦略の実践です。
本記事では、食欲と下痢が共存する理由と、食事療法、検査の重要性について解説します。
食欲があるのに下痢が続く原因と身体の反応
食欲が維持されているにもかかわらず排便異常が続くという現象は、消化管全体が一律にダメージを受けているわけではなく、胃と腸の機能に解離が生じていることを意味します。
身体はエネルギー源を求めて食べることを促しますが、腸は内容物を異物と認識したり過敏に反応したりして急速に排出しようとする、アクセルとブレーキが同時に踏まれているような複雑な状況です。
胃腸の機能解離と消化吸収のギャップ
胃が正常に稼働している場合、胃酸の分泌や消化酵素の産生、そして胃の内容物を十二指腸へ送り出す蠕動運動は通常通り行われるため、食事を摂ること自体には不快感を伴わず、空腹感を強く感じることさえあります。
問題はその先で起こり、小腸や大腸の粘膜が何らかの原因で浮腫を起こしていたり、自律神経の過剰な働きで動きが活発になりすぎていたりすると、食物が消化管を通過するスピードが異常に速くなります。
通常、食物はゆっくりと腸内を移動しながら水分と栄養素を吸収されますが、通過速度が速すぎると水分を吸収する時間が確保できず、液状のまま排泄されることになり、これが下痢なのに食べたいという状態の生理学的な正体です。
また、十分に消化酵素と混ざり合う前に通過してしまうため、未消化の食物残渣が腸壁を刺激し、さらなる下痢を誘発するという悪循環も形成されます。
自律神経の乱れが及ぼす影響
消化管活動は、自分の意思とは無関係に働く自律神経、交感神経と副交感神経によって緻密にコントロールされています。
本来、食事中や食後のリラックスしている時には副交感神経が優位になり、消化液の分泌や穏やかな蠕動運動が促進されますが、ストレスや疲労、不規則な生活などで自律神経のバランスが崩れると、切り替えがうまくいかなくなります。
現代人に多いのが、精神的なストレスによって脳が過緊張状態にあるにもかかわらず、身体は疲労してエネルギーを欲しているパターンです。
この時、脳腸相関と呼ばれる脳と腸の密接なネットワークを通じて、ストレス信号がダイレクトに腸へ伝わると、腸は痙攣性の収縮を起こしたり、粘液を過剰に分泌したりして下痢を起こします。
一方で、胃の運動を抑制する交感神経の働きがアンバランスになると、胃は動いて食欲はあるのに腸だけが過敏に反応するという状況が生まれます。
慢性的な炎症と機能性疾患の違い
食欲が保たれているという事実は、重篤な全身性疾患や、高熱を伴うような重度の急性炎症を除外する一つの材料になり得ますが、病気ではないと言い切ることはできません。
クローン病や潰瘍性大腸炎といった炎症性腸疾患の初期や軽症例では、全身の消耗が見られず食欲が旺盛なまま、下痢や粘血便だけが続くことがあります。
内視鏡検査などで明らかな異常が見当たらないにもかかわらず下痢が続く場合は、過敏性腸症候群などの機能性消化管障害が疑われますが、臓器の形態に異常はなく、知覚過敏が生じており、わずかな刺激で激しい下痢をきたします。
また、甲状腺機能亢進症のように、消化器以外のホルモンの病気が原因で代謝が亢進し、猛烈な食欲と共に頻回の下痢を認めるケースもあります。
疾患タイプによる食欲と症状の傾向
| 疾患タイプ | 食欲の状態 | 下痢の特徴 |
|---|---|---|
| 過敏性腸症候群 | 変化なしか、ストレス発散のため増加傾向にあることも多い | 緊張時や食後に急激な腹痛と共に起こり、排便後は一時的に軽快する |
| 急性胃腸炎(回復期) | 発症初期は消失するが、回復期に入ると急激に食欲が増す | 水様便が主で、食事を摂ると反射的に便意を催す胃結腸反射が強い |
| 甲状腺機能亢進症 | 異常なほど亢進し、食べても痩せていくことがある | 軟便が頻回に続き、腹痛を伴わないことも多い |
下痢症状がある時の食事選択と栄養管理
下痢をしている最中に食事を摂ることは、火に油を注ぐような行為に思えるかもしれませんが、食欲があるという身体の声を無視して絶食を続けることは、長期的には腸の回復を遅らせる原因となります。
大切なのは食べないことではなく、何をどう食べるかを厳選することです。
水溶性食物繊維の積極的な活用と身体の仕組み
食物繊維には不溶性と水溶性の2種類があり、下痢の時に積極的に摂るべきは水溶性食物繊維です。
不溶性食物繊維は水に溶けず、腸壁を物理的に刺激して蠕動運動を活発にするため、下痢を悪化させるリスクがあるので、ごぼう、玄米、きのこなどは避けましょう。対照的に、水溶性食物繊維は腸内の水分を吸収してゲル状になります。
ゲル化作用が、下痢便の余分な水分を抱え込んで便に適度な硬さを与え、泥状から有形便へと近づける手助けをし、さらに、水溶性食物繊維は腸内細菌のエサとなり、短鎖脂肪酸という物質を作り出します。
短鎖脂肪酸は腸の粘膜細胞の主要なエネルギー源となり、傷ついた粘膜の修復を促進し、炎症を抑える働きもあるのです。
リンゴ、バナナ、熟した桃、海藻類、オクラ、長いもなどに多く含まれており、毎日の食事に取り入れることで、薬に頼らない天然の整腸剤として機能します。
脂質のコントロールと調理法の工夫
脂質は三大栄養素の中で最も消化に時間がかかり、胃内停滞時間が長いだけでなく、十二指腸に到達した際に強力な消化管ホルモンの分泌を促し、胆汁や膵液の分泌が増えるとともに、腸の蠕動運動が強力に刺激されます。
健康な時であれば問題ありませんが、下痢をしている時に脂質を多く摂ると、刺激が過剰となり、激しい腹痛や下痢の増悪を招きます。
揚げ物、炒め物、バラ肉、霜降り肉、クリームシチュー、ケーキなどは避け、同じ肉類でも、鶏のささみや胸肉、白身魚などの低脂肪な部位を選びましょう。調理法においても、油を使わない蒸す、煮る、茹でる、ホイル焼きなどを選択します。
茹でることで肉や魚の余分な脂が湯に溶け出し、さらに脂質をカットすることができます。
また、食材を細かく刻む、隠し包丁を入れる、圧力鍋で柔らかく煮込むといった下処理を丁寧に行うことで、胃腸が本来行うべき物理的な消化の負担を減らし、スムーズな吸収を助けることが可能です。
温度管理による腸管への刺激緩和
食事の内容だけでなく、温度も腸への大きな刺激因子です。人間の消化管は、体温に近い温度で最も酵素活性が高まり、機能が安定するようにできています。
冷たい飲み物や食べ物が胃に入ると、胃腸の血管が収縮して血流が悪くなり、消化機能が低下し、さらに、冷刺激によって腸が反射的に収縮し、蠕動運動が急激に高まって冷え下痢を起こします。
熱すぎるものも粘膜への刺激となります。食欲がある場合は、人肌程度から温かいと感じる温度のものをゆっくり摂取することが推奨されます。
温かいスープ、白湯、温野菜などは、消化管の血流を促進し、副交感神経を優位にしてリラックス効果を高めます。特に朝一番の白湯は、睡眠中に停滞していた胃腸を優しく目覚めさせ、正常なリズムを取り戻すのに有効です。
夏場であっても、下痢症状がある間は氷入りの飲料は避け、常温以上のものを選択するよう心がけましょう。
推奨される食材と避けるべき食材の具体例
| 分類 | 積極的に選びたい食材(低残渣・低脂肪) | 控えるべき食材(高刺激・高脂肪・高繊維) |
|---|---|---|
| 炭水化物 | おかゆ、煮込みうどん、食パン、素麺、マッシュポテト | 玄米、雑穀米、ラーメン、そば、全粒粉パン、デニッシュ、コーンフレーク |
| タンパク質 | 鶏ささみ、鶏ひき肉、白身魚、半熟卵、豆腐、はんぺん | カルビ、ベーコン、ソーセージ、青魚、イカ、タコ、貝類 |
| 野菜・果物 | 大根、人参、カボチャ、キャベツ、バナナ、リンゴ | ごぼう、レンコン、タケノコ、キノコ類、柑橘類、パイナップル、ドライフルーツ |
発酵性糖質と腸内環境の理解
身体に良いと言われる食品を食べているのに、なぜかお腹の調子が良くならない、食後の下痢やガス溜まりが治らない。その原因の一つとして注目されているのが、FODMAPと呼ばれる小腸で吸収されにくい糖質群です。
小腸での吸収不良が引き起こす問題
発酵性糖質は、小腸で吸収されにくいという性質を持っていて、吸収されずに小腸内に残った糖質は、浸透圧を高める作用があります。
濃い糖液を薄めようとして、血管や細胞から腸管内へ水分が引き寄せられ、腸内の水分量が過剰になり、水様性の下痢を起こします。
さらに、発酵性糖質が大腸に到達すると、待ち構えていた腸内細菌によって急速に発酵され、発酵過程で、水素ガスやメタンガスなどが多量に発生し、腸を内側からパンパンに膨らませ、お腹の張りや不快感、腹痛の原因となります。
そして、ガスによる刺激と水分の増加が合わさることで、激しい蠕動運動が誘発され、下痢が悪化するのです。
身近に潜む発酵性糖質食品と日本食の落とし穴
一般的に腸活に良いとされる食品の多くが発酵性糖質を多く含んでいます。
発酵食品の代表である納豆やヨーグルト、食物繊維が豊富なごぼうやサツマイモ、玉ねぎやニンニク、小麦製品などは全て注意が必要な食品に分類され、日本人の食生活において、完全に排除することは容易ではありません。
下痢の症状が強い時期、食後にお腹がゴロゴロ鳴ったりガスが溜まったりする感覚がある場合は、一時的な制限を試みる価値があります。
小麦のパンを米粉パンやご飯に変える、牛乳を豆乳やアーモンドミルクに変える、玉ねぎの代わりに小松菜やほうれん草を使うといった工夫です。
また、果物に含まれる果糖も単糖類の一種であり、過剰摂取は下痢の原因になります。
食事誘発性症状の観察と食事療法の導入
自分の腸がどの食品に反応しているのかを特定するためには、食事内容を記録することが最も確実な方法です。食べたもの、食べた時間、そして症状が出た時間と内容を記録します。
食後30分から数時間で症状が出る場合、その直前の食事に含まれていた成分が原因である可能性が高いです。
実践には段階があり、まずは一定期間、発酵性糖質を多く含む食品を徹底して避ける導入期を設けます。
この期間に症状が劇的に改善すれば、それが原因であったことが分かり、その後、一品ずつ再開していくチャレンジ期を経て、自分が許容できる食品と量を見極めます。
完全に一生避ける必要はなく、自分の腸が耐えられる量を知ることで、食生活の自由度と体調管理を両立させることが最終的な目標です。
発酵性糖質食品の分類と具体例
| 成分分類 | 高発酵性(避ける・注意) | 低発酵性(比較的安心) |
|---|---|---|
| オリゴ糖 | 小麦、玉ねぎ、ニンニク、ネギ、大豆、レンズ豆、ごぼう | 米、玄米、そば、トマト、きゅうり、ナス、ほうれん草、木綿豆腐 |
| 乳糖 | 牛乳、ヨーグルト、アイスクリーム | チェダーチーズ、バター、アーモンドミルク |
| 果糖 | ハチミツ、リンゴ、梨、スイカ、マンゴー、ドライフルーツ | バナナ、キウイ、みかん、ブドウ、メープルシロップ |
内視鏡検査による器質的疾患の除外と診断の価値
食欲はあるが下痢が続くという状態において、問診や触診、一般的な血液検査だけでは病態の全てを把握することは不可能で、症状が長引く場合、推奨されるのが大腸内視鏡検査です。
炎症性腸疾患の早期発見と治療介入
増加の一途を辿る潰瘍性大腸炎やクローン病などの炎症性腸疾患は、若い世代にも多く発症します。
初期段階では、激しい腹痛や発熱、明らかな血便といった目立つ症状が出ず、なんとなくお腹が緩い、排便回数が多いといった程度の症状にとどまることがあり、また、食欲が落ちないケースも珍しくありません。
内視鏡検査を行うことで、肉眼的には分かりにくい軽微な粘膜の浮腫、血管透見像の消失、微小なびらんや潰瘍を発見することができます。特殊光観察や拡大観察といった機能を用いることで、炎症の活動性をより正確に評価することも可能です。
早期に診断がつけば、強力な薬剤を使わずに、副作用の少ない内服薬だけで症状が落ち着いた状態に持ち込める可能性が高まります。
顕微鏡的多発血管炎や膠原線維性大腸炎などの特殊な病態
内視鏡検査で最も重要な手順の一つが生検で、これは、病変が疑われる場所や、一見正常に見える粘膜の一部を採取し、顕微鏡で組織検査を行うことです。
内視鏡で見てきれいだから異常なしと判断されても、組織レベルでは炎症が起きている病気が存在します。
膠原線維性大腸炎やリンパ球性大腸炎といった微細大腸炎は、慢性的な水様性下痢が主症状ですが、内視鏡画像上は正常に見えることがほとんどで、生検を行って初めて、粘膜の下に特徴的な変化が判明します。
食欲がある元気な高齢者などに多く見逃されがちな病態です。
機能性疾患という診断の確定と安心感
内視鏡検査の結果、がんもポリープも炎症も全くないという結果が得られることも多々あります。
器質的な異常が完全に否定されたということは、現在の症状が過敏性腸症候群などの機能性疾患によるものであるという診断をより強固にする根拠となります。
多くの患者さんは、これだけ下痢が続くのだから、何か悪い病気があるに違いないという不安を抱えていて、不安自体が脳腸相関を通じてストレスとなり、症状を悪化させています。
腸はきれいですという医師の言葉と実際の画像を見ることで、心理的な重圧から解放され、それだけで症状が軽快するケースも少なくありません。
除外診断としての内視鏡検査は、治療の方向性を定めるだけでなく、患者さんの心の平穏を取り戻すためにも必要な手順です。
内視鏡検査で見つかる所見と可能性のある疾患
| 内視鏡での観察所見 | 疑われる疾患・状態 | その後の対応・治療方針 |
|---|---|---|
| 粘膜の充血、びらん、血管が見えない | 潰瘍性大腸炎、感染性腸炎、虚血性大腸炎 | 便培養、血液検査と合わせ、抗炎症薬や抗菌薬の使用を検討 |
| 縦走する潰瘍、敷石状の病変 | クローン病、腸結核 | 小腸の検査を追加し、栄養療法や専門的な薬物療法へ |
| 一見正常に見える粘膜 | 微細大腸炎、過敏性腸症候群 | 生検結果に基づいた治療や、生活指導、食事療法の実践 |
| 全く異常なし | 機能性下痢、過敏性腸症候群 | 消化管運動調整薬、心療内科的アプローチ、食事療法 |
下痢症状がある状態での検査準備と注意点
下痢をしているのに、さらに下剤を飲んで大丈夫なのか。これは、検査を控えた患者さんが抱く最も大きな不安の一つです。
下痢をしているということは、すでに腸の動きが活発であるため、通常よりも前処置がスムーズに進む場合が多いですが、脱水や腹痛のリスクも考慮しながら慎重に進める必要があります。
検査前日の食事調整が成功の鍵
検査の精度を高め、当日の苦痛を減らすための最大のポイントは前日の食事にあります。下痢をしている腸は非常に敏感です。
前日に繊維質の多い野菜や、種のある果物、消化の悪い海藻やキノコ類を食べてしまうと、腸内に残りやすくなり、残りかすがあると、検査時間が長引いたり、空気を入れて観察する際に腹満感が増したりします。
前日は低残渣食と呼ばれる、白米、うどん、食パン、具のないスープ、豆腐、白身魚などを中心とした食事を心がけ、市販の検査食を利用するのも非常に有効です。また、夕食は早めに済ませ、それ以降は水やお茶などの水分のみを摂取します。
当日の下剤服用と水分および電解質管理
通常、検査当日は2リットル近い洗腸剤を数時間かけて飲みますが、すでに下痢症状がある方は、飲み始めて比較的早い段階で排便が始まります。この時注意すべきは、急激な水分喪失による脱水と血圧低下です。
洗腸剤だけでなく、合間に透明な水やお茶を挟みながら飲むことが大切で、また、冬場などは身体が冷えないように、温かい飲み物を用意するのも良いでしょう。
もし、服用中に激しい腹痛、吐き気、冷や汗、顔面蒼白などの症状が現れた場合は、迷わず服用を中断し、直ちに医療機関へ連絡してください。もともと腸が過敏になっているため、規定量を飲み切る前に便が透明な水様になることもあります。
その場合は、自己判断せず電話で状況を伝えれば、服用の早期終了を指示されることもあります。無理は禁物です。
鎮静剤の使用と検査中の苦痛軽減
下痢症状がある腸は、知覚過敏の状態にあることが多く、空気の注入やスコープの接触に対して痛みを感じやすい傾向にあります。また、緊張して身体に力が入ると、腹壁が硬くなりスコープの挿入が難しくなります。
これを防ぐために、鎮静剤を使用して、ウトウトと眠っているようなリラックスした状態で検査を受けることが推奨されます。
鎮静剤には、不安を取り除く作用と、痛みを感じにくくする作用、検査中の不快な記憶を消す作用があり、また、腸の動きを一時的に止める薬も併用することで、詳細な観察が可能です。
検査に向けた準備
- 3日前からキノコ、海藻、こんにゃく、トマトやイチゴの種、ゴマなどの摂取を控える。
- 前日は消化の良い炭水化物とタンパク質を中心にする。水分は多めに摂る。アルコールは厳禁。
- 当日朝は絶食。常用薬については事前の医師の指示に従って服用する。
- 下剤服用中は便の状態を毎回確認する。透明になりカスがなくなれば完了のサイン。
- 来院時は着替えやすい服装で。鎮静剤希望の場合は公共交通機関や送迎を利用する。
ストレスと腸管運動の密接な関係と脳腸相関
感情と胃腸の働きは、切っても切れない関係にあり、断腸の思い、腹が立つ、腹を据えるといった慣用句が示す通り、古くからお腹と心はリンクしていると考えられてきました。
現代医学ではこれを脳腸相関と呼び、脳からの信号が腸へ、腸からの信号が脳へ双方向に影響し合っていることが解明されています。
セロトニンの役割と過剰分泌による下痢
幸せホルモンとして知られる神経伝達物質セロトニンですが、脳内にあるのは全体のわずか数パーセント程度で、残りの大半は腸の粘膜に貯蔵されています。腸においてセロトニンは、蠕動運動を促進させるアクセルの役割を担っています。
ストレスがかかると、脳からの指令によって腸粘膜からセロトニンが大量に放出されることにより、腸のセロトニン受容体が過剰に刺激され、腸が激しく収縮運動を始めます。これがストレス性の下痢の仕組みです。
さらに、セロトニンは痛覚を脳に伝える働きもあるため、腹痛を強く感じるようになります。過敏性腸症候群の治療薬には、セロトニンの過剰な働きをブロックすることで、下痢と腹痛を同時に改善するものがあります。
食事という行為への安心感と予期不安
人間にとって食べるという行為は、本来副交感神経を高め、安心感や満足感を得るためのものです。
食欲があるということは、身体がリラックスを求めているサインでもありますが、下痢が長引くと、食べたらまたお腹が痛くなるのではないか、トイレに行きたくなったらどうしようという予期不安が生まれます。
予期不安があると、食事中も交感神経が高ぶったままになり、胃腸の血流が低下し、消化機能が十分に働かず、未消化下痢を招き、さらに不安が強まるという悪循環に陥ります。
これを断ち切るためには、まずはトイレの心配がない自宅などの環境で、時間をかけてゆっくりと食事を摂ることが大切です。
睡眠と生活リズムの改善による自律神経ケア
腸は第二の脳とも呼ばれ、独自の神経ネットワークを持っていますが、メンテナンスが行われるのは主に睡眠中です。睡眠不足や昼夜逆転の生活は、自律神経のバランスを崩し、腸の運動リズムを狂わせます。
特に夜間の睡眠中に分泌されるホルモンは、消化管の粘膜修復や抗炎症作用に関わっています。
朝起きて日光を浴びることで体内時計をリセットし、決まった時間に食事を摂ることで腸にリズムを覚え込ませることができます。
下痢が続くと外出が億劫になり運動不足になりがちですが、室内でのストレッチやヨガ、軽い散歩などは、腸への適度な刺激です。
自律神経を整え腸を労わる生活習慣
| 習慣 | 腸への具体的な効果 | 実践のポイント |
|---|---|---|
| 入浴 | 温熱効果で腹部の血流改善、副交感神経への切り替え | ぬるめのお湯にゆっくり浸かる。香りを楽しむのも良い。 |
| 咀嚼 | 唾液分泌促進による消化補助、胃腸負担の軽減 | 一口30回以上噛むことを意識する。味わうことでリラックス効果も。 |
| 深呼吸 | 横隔膜の上下運動による腸のマッサージ効果 | 食前やトイレの中で、鼻から吸って口から長く吐く呼吸を繰り返す。 |
慢性的な下痢に対する薬物療法と医療的サポート
食事療法や生活習慣の改善を行っても症状がコントロールできない場合、あるいは日常生活や仕事に支障をきたす場合は、適切な薬物療法が必要です。
整腸剤と善玉菌製剤の継続
最も基本的かつ副作用の少ない治療が整腸剤です。乳酸菌、ビフィズス菌、酪酸菌などの善玉菌を補うことで、乱れた腸内環境のバランスを整えます。
即効性はありませんが、継続して服用することで腸内環境が酸性に保たれ、悪玉菌の増殖を防ぎ、粘膜のバリア機能を強化します。
人によって合う菌と合わない菌があるため、一つの薬で効果が感じられなくても、種類を変えてみることで改善することがよくあります。
腸管運動調整薬と高分子重合体の活用
腸管運動調整薬は、腸が動きすぎている時は抑え、動かなすぎている時は動かすという、正常なリズムへの調律を行う薬です。強い下痢止めではないため、身体への負担が少なく、長期間の服用に適しています。
また、高分子重合体は、腸内で水分を吸収してゲル化し、下痢の場合は便の水分を吸い取り、便秘の場合は水分を保持するという、便の性状を正常化する働きがあり、過敏性腸症候群の治療の主軸となる薬です。
漢方薬と心療内科的アプローチの可能性
西洋薬で改善しない場合、漢方薬が著効するケースがあります。半夏瀉心湯は神経性胃炎や下痢に、啓脾湯は胃腸虚弱で下痢しやすい人に、桂枝加芍薬湯はお腹が張って下痢する人に用いられます。
さらに、検査で異常がなく、薬物療法でも改善が見られない難治性の機能性下痢に対しては、微量の抗不安薬などが使用されることがあり、脳の腸に対する過敏性を低下させる目的で使用されます。
消化器内科医と相談しながら、幅広い選択肢の中から自分に合った治療法を見つけていくことが大切です。
よくある質問
- 食欲があれば普段通りの食事に戻しても大丈夫ですか
-
食欲があることは回復へのポジティブなサインですが、腸の機能はまだ完全に戻っていない可能性が高いです。
いきなり脂っこい揚げ物や、消化に時間のかかるステーキ、繊維質の多い野菜炒めなどを食べると、腸がびっくりして再び激しい下痢を起こすリスクがあります。
まずは消化の良い炭水化物から始め、次に低脂肪タンパク質、そして柔らかく煮た野菜へと、数日かけて段階的に進めていくことが大切です。
- 下痢の時に水分補給としてスポーツドリンクは有効ですか
-
下痢による脱水を防ぐために水分と電解質の補給は非常に重要であり、スポーツドリンクは手軽な手段の一つです。
しかし、一般的なスポーツドリンクは糖分濃度が高く、浸透圧が高いため、大量に飲むとかえって腸内に水分を引き寄せて下痢を悪化させる可能性があります。
飲む場合は水で薄めるか、薬局などで売られている経口補水液を選ぶ方が、糖分が少なく電解質バランスが調整されているため腸への負担が少なくなります。また、冷やしたものではなく、常温に戻して飲むようにしましょう。
- 内視鏡検査は下痢が治まってから受けるべきですか
-
原則として、下痢の症状が続いている最中であっても検査を受けることは可能です。症状がある活動期に検査を行うことで、炎症の程度や範囲、出血の有無などをリアルタイムで正確に把握できるという大きなメリットがあります。
原因不明の下痢が続く場合、治るのを待っている間に病状が進行してしまうリスクもあります。ただし、高熱がある場合や、激しい腹痛で身動きが取れない場合などは、全身状態を優先して延期することもあります。
- ストレスがないつもりでも下痢が続くのはなぜですか
-
自分ではストレスを感じていないつもりでも、身体は正直に反応していることがあります。これを失感情症に近い状態と捉えることもできますが、それ以外にも原因は考えられます。
過去にかかった感染性腸炎がきっかけで腸の神経が過敏になったまま治らない状態や、食事に含まれる特定の成分が体質的に合っていない場合、あるいは胆汁酸の吸収不良など、精神的なストレスとは無関係の生理学的な要因が隠れていることも多々あります。
ストレスのせいと決めつけず、食事の見直しや内視鏡検査を含めた客観的な評価を行うことが必要です。
以上
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