胃カメラや大腸カメラなどの内視鏡検査は、消化器系の病気の早期発見や診断に非常に有効な医療技術ですが、体内に直接挿入する医療機器であるため、衛生管理について不安を感じる方もいらっしゃるでしょう。
一人の患者さんの検査で使用した内視鏡スコープが、次の患者さんの検査で安全に使用されるためには、徹底した洗浄と消毒が欠かせません。
この記事では、医療機関で行われている内視鏡スコープの洗浄・消毒の手順や、衛生管理の重要性について詳しく解説します。
なぜ内視鏡の徹底した衛生管理が重要なのか
内視鏡検査の安全性は診断技術の高さだけでなく、使用する医療機器の徹底した衛生管理によって支えられています。患者さんが安心して検査を受けられる環境を整える上で、洗浄と消毒は医療機関が果たすべき基本的な責務です。
内視鏡検査と感染のリスク
内視鏡スコープは検査の際に粘膜や体液に直接触れるので、洗浄や消毒が不十分なまま次の患者さんに使用した場合、前の患者さんが持っていた細菌やウイルスなどを伝播させてしまう可能性があります。
検査を介した感染を防ぎ、すべての患者さんが安全に検査を受けられるようにするために、一件ごとの丁寧で確実な衛生管理が極めて重要です。
医療機関の信頼性を示す指標
患者さんが医療機関を選ぶ際、医師の技術や経験、設備の充実度などを重視するのは当然ですが、それに加えて、衛生管理への取り組み方も、医療機関の信頼性を測る大事な指標です。
洗浄・消毒の手順を公開したり関連する資格を持つスタッフが担当するなど、衛生管理に真摯に取り組む姿勢は、患者さんの安全を最優先に考えていることの証しです
内視鏡洗浄・消毒の基本的な考え方
内視鏡の衛生管理について正しく理解するためには、まず洗浄・消毒・滅菌の違いを知ることが大切です。似ているようで、微生物を除去するレベルが異なり、内視鏡の洗浄・消毒は、特性に合わせて適切な方法を選択します。
洗浄、消毒、滅菌の違い
医療現場における衛生管理では、対象物や目的に応じて用語を使い分けます。洗浄は物理的に汚れを除去する行為であり、消毒や滅菌の効果を高めるための前提として非常に重要です。
消毒は病原性のある微生物を減少させること、滅菌はすべての微生物を完全に除去することを指します。
衛生管理における用語の定義
用語 | 定義 | 目的 |
---|---|---|
洗浄 | 目に見える汚れや有機物を物理的に洗い流すこと | 後の消毒・滅菌効果を確実にする |
消毒 | 病気の原因となる有害な微生物を死滅または除去し、感染力をなくすこと | 感染リスクを安全なレベルまで低下させる |
滅菌 | すべての微生物(ウイルス、細菌、真菌など)を完全に死滅または除去すること | 無菌状態を実現する |
内視鏡スコープは熱に弱い精密な部品で構成されているため、高温にかける滅菌処理ができません。そのため、高水準消毒薬を用いた化学的な方法で、滅菌に近いレベルまで微生物を限りなく減少させる高水準消毒、という方法をとります。
内視鏡特有の構造と洗浄の難しさ
内視鏡スコープは、ただの管ではありません。
内部には、画像を送るためのライトガイドやイメージセンサー、鉗子などを通すためのチャンネル(管腔)、空気を送ったり吸引したりするための管など、非常に細く複雑な構造物が多数組み込まれています。
細かい部分は汚れが付着しやすくかつ洗浄が困難なため、特別な注意と専用の器具を用いた洗浄が必要です。
適切な手順を踏むことの意義
洗浄と消毒は、一連の流れとして捉える必要があります。
洗浄が不十分だと残存した血液や粘液などの有機物がバリアとなり、消毒薬が微生物に直接作用するのを妨げ消毒効果が著しく低下し、感染の原因となりかねません。
そのため、消毒の前に徹底的な洗浄を行うことが、内視鏡の衛生管理における大原則であり、最も重要な工程の一つです。
検査後すぐに行う用手洗浄の手順
内視鏡の衛生管理は、検査が終了した直後から始まります。汚れが乾燥して固着する前に、速やかに洗浄を開始することが重要です。自動洗浄機に入れる前の、手作業による丁寧な洗浄(用手洗浄)が、その後の消毒効果を大きく左右します。
検査直後のベッドサイドでの前洗浄
検査が終了し患者さんの体からスコープを抜去した直後、ベッドサイドですぐに前洗浄を行います。スコープの表面に付着した粘液などをガーゼで拭き取り、チャンネル内に酵素洗浄剤を吸引して通水することで、内部の汚れを洗い流します。
この最初のひと手間が、汚れの固着を防ぎ洗浄室での本格的な洗浄を容易にします。
洗浄室での物理的なブラッシング
スコープを洗浄室に運んだ後、本格的な用手洗浄が始まります。スコープを分解できる部品はすべて取り外し、酵素洗浄剤を満たしたシンクに浸し、最も重要な工程であるブラッシングを行います。
専用の長いブラシを用いて、鉗子チャンネルなどの管腔内部を、汚れが完全に出てこなくなるまで繰り返し丁寧に擦り洗いします。
物理的な洗浄作業は、微生物の温床となるバイオフィルム(微生物が作る粘着性の膜)を除去する上で極めて重要です。
用手洗浄の主な手順
手順 | 内容 | 目的 |
---|---|---|
部品の分解 | ボタンやバルブ類を取り外す | 部品の隙間まで確実に洗浄する |
浸漬 | 酵素洗浄剤を満たした洗浄槽にスコープ全体を浸す | 有機物を分解し、汚れを浮き上がらせる |
ブラッシング | 専用ブラシで全てのチャンネル内部を繰り返し擦る | 物理的に汚れやバイオフィルムを剥がし取る |
酵素洗浄剤の役割と効果
用手洗浄では、タンパク質や脂肪を分解する酵素が含まれた専用の洗浄剤を使用します。血液や体液などの有機物は、水だけではなかなか落ちません。
酵素洗浄剤は頑固な汚れを化学的に分解し、スコープの表面から剥がれやすくする効果があるので、ブラッシングの効果が格段に向上し、目に見えないレベルの汚れまで効率的に除去できます。
すすぎと乾燥の重要性
ブラッシングと洗浄剤による洗浄が終わったら流水で十分にすすぎを行い、洗浄剤や浮き上がった汚れを完全に洗い流し、その後水気を拭き取り、圧縮空気などを用いてチャンネル内部を乾燥させます。
この後に行われる消毒工程の効果を最大限に発揮させるため、洗浄剤が残らないようにしっかりとすすぐことが大切です。この丁寧な用手洗浄を経て、内視鏡スコープは次の工程である内視鏡洗浄消毒機へと移されます。
内視鏡洗浄消毒機による高水準消毒
用手洗浄が終わった内視鏡スコープは、次に専用の洗浄消毒機を用いて高水準消毒を行います。機械を使用することで消毒工程を自動化し、人的なミスを防ぎ、常に一定の質の高い消毒を実現します。
自動洗浄機が担う役割
内視鏡洗浄消毒機は、用手洗浄後のスコープに対して、洗浄・消毒・すすぎ・乾燥までの一連の工程を自動で行う装置です。スコープの複雑なチャンネル内部の隅々まで消毒薬を確実に循環させ、定められた時間と温度で消毒を行います。
手作業では難しい工程の標準化を可能にし、誰が操作しても同じ高いレベルの衛生管理を維持できる点が大きな利点です。
- 消毒工程の自動化と標準化
- 人的エラーの防止
- スタッフの化学薬品への曝露リスク低減
高水準消毒薬の種類と特徴
内視鏡の高水準消毒には、フタラール(OPA)や過酢酸(PAA)などの強力な化学薬品が用いられます。消毒薬は芽胞(一部の細菌が作る耐久性の高い構造)を除く、ほとんどすべての細菌、ウイルス、真菌を死滅させる高い能力を持っています。
医療機関では、それぞれの消毒薬の特性(材質への影響、有効期間、安全性など)を考慮し、自施設の運用に合ったものを選択して使用します。
主な高水準消毒薬
消毒薬 | 特徴 | 注意点 |
---|---|---|
フタラール(OPA) | 殺菌スペクトルが広く、安定性が高い | タンパク質を固着させるため、事前の十分な洗浄が必要 |
過酢酸(PAA) | 殺菌力が非常に強く、作用時間が短い | 金属への腐食性や刺激臭があるため、取り扱いに注意が必要 |
洗浄消毒機による工程の標準化
洗浄消毒機はあらかじめ設定されたプログラムに従って、全工程を自動で実行します。洗浄剤や消毒薬の注入、各チャンネルへの送液、定められた時間と温度での浸漬、すすぎ水の注入と排出など、すべての工程が正確に管理されます。
手作業で起こりうる「消毒時間が短かった」「すすぎが不十分だった」といったミスを防ぎ、常にガイドラインに準拠した消毒を保証します。
また、洗浄履歴を記録する機能を持つ機種もあり、いつ、誰が、どのスコープを洗浄したかを管理することで、トレーサビリティを確保しています。
最終すすぎとアルコールリンス
高水準消毒が終わった後、消毒薬を完全に洗い流すために清浄な水で最終すすぎを行いますが、すすぎが不十分だと、残った消毒薬が患者さんの粘膜を刺激する原因となる可能性があります。洗浄消毒機では、大量の水を用いて徹底的にすすぎます。
その後、チャンネル内部の乾燥を促進するために、70〜80%のアルコールを流し(アルコールリンス)、圧縮空気で内部を完全に乾燥させます。水分が残っていると保管中に細菌が繁殖する原因となるため、最後の乾燥工程も非常に大切です。
衛生管理を支えるガイドラインの存在
医療機関における内視鏡の洗浄・消毒は、各施設が独自の方法で行っているわけではありません。多くは、関連する学会が科学的根拠に基づいて作成したガイドラインに準拠しています。
学会が定める洗浄・消毒の基準
日本消化器内視鏡学会をはじめとする関連学会では、専門家たちが国内外の研究成果や臨床データを基に、内視鏡の洗浄・消毒に関する詳細なガイドラインを策定し定期的に改訂しています。
ガイドラインには推奨される洗浄・消毒の手順、使用する薬剤や機器、スタッフの教育、記録の保管方法など、遵守すべき事項が具体的に示されています。
- 検査一件ごとの洗浄・消毒の徹底
- 用手洗浄でのブラッシングの必須化
- 高水準消毒薬の使用と適切な濃度管理
- 洗浄・消毒履歴の記録と保管
ガイドライン遵守の重要性
医療機関がガイドラインを遵守することは、患者さんに安全な医療を提供するための最低限の責務です。ガイドラインに沿った運用を行うことで、洗浄・消毒のレベルを標準化し、施設間での質の格差をなくせます。
患者さんにとっては、どの医療機関で検査を受けても、一定水準以上の安全性が確保されているという安心感につながります。
第三者による評価と認定制度
ガイドラインの遵守をさらに推進するため、学会などによる第三者評価制度もあります。
日本消化器内視鏡技師会では、内視鏡の洗浄・消毒に関するガイドラインをどの程度遵守できているかを評価し、基準を満たした施設を認定する制度などを設けています。
外部からの評価を受けることは、医療機関が自らの衛生管理体制を客観的に見直し、改善を続けるための良い機会です。
質の高い衛生管理を行う医療機関の取り組み
ガイドラインを遵守するだけでなくより質の高い衛生管理を目指し、多くの医療機関が独自の工夫や努力を重ねています。ここでは、衛生管理に力を入れている医療機関に共通してみられる取り組みをいくつか紹介します。
専任スタッフの配置と教育
内視鏡の洗浄・消毒は、専門的な知識と技術を要する業務のため、専門に担当するスタッフを配置し、定期的な研修や勉強会を通じて知識と技術の向上を図っている医療機関が多いです。
また、日本消化器内視鏡技師会などが認定する専門資格の取得を奨励し、スタッフのモチベーションと専門性を高める努力をしています。
洗浄履歴の管理とトレーサビリティ
いつ、どの患者さんに使用したスコープを、誰が、どのように洗浄・消毒したかという履歴を、一本一本のスコープごとに記録・管理していて、これをトレーサビリティと呼びます。
最近の内視鏡洗浄消毒機には、情報を自動で記録する機能が搭載されているものもあります。万が一何らかの問題が発生した際、原因を迅速に追跡し対応することを可能にする重要なシステムです。
定期的な洗浄効果のモニタリング
日々の洗浄・消毒が適切に行われているかを確認するために、定期的にその効果を検証する取り組みも行われ、洗浄後のスコープからサンプルを採取して細菌培養検査をし、微生物が残存していないかを確認します。
こうした取り組みにより、洗浄・消毒の工程に問題がないかを客観的に評価し、常に高いレベルの衛生状態を維持できます。
洗浄効果の主な確認方法
確認方法 | 内容 | 目的 |
---|---|---|
細菌培養検査 | 洗浄後のスコープから検体を採取し、細菌を培養する | 微生物が残存していないかを直接的に確認する |
ATP測定法 | 生物のエネルギー源であるATP量を測定し、汚れの残存度を評価する | 洗浄が十分に行われたかを迅速かつ簡易的に確認する |
保管と管理―次の検査までの衛生維持
高水準消毒が完了した内視鏡スコープは、次の検査で使用されるまで、清潔な状態を維持しなければなりません。洗浄・消毒の最終段階である、保管と管理も衛生管理の大事な一部です。
洗浄後の適切な乾燥
洗浄消毒機による最終すすぎとアルコールリンスの後、スコープ、特に内部のチャンネルが完全に乾燥していることが極めて重要です。
わずかでも水分が残っていると空気中の細菌などが付着し、それを栄養源として繁殖してしまう可能性があるので、圧縮空気を用いて内部の隅々まで確実に乾燥させます。
専用保管庫での管理
乾燥させた内視鏡スコープは、ほこりや汚染から守るために専用の保管庫で管理します。保管庫は、スコープを吊り下げて保管できる構造になっており、スコープ同士が接触したり無理な力がかかるのを防ぎます。
換気機能が付いているものもあり、常に清潔な環境で保管できるよう工夫されています。
スコープの定期的なメンテナンス
内視鏡スコープは非常に精密な医療機器であり、日々の使用によって劣化したり、見えない部分に傷が付いたりすることがあり、スコープの内部に傷が付くと微生物の温床となる可能性があります。
そのため、定期的にメーカーによるメンテナンスを受け、スコープが常に安全に使用できる状態にあるかを確認することも、広義の衛生管理の一環として大切です。
よくある質問
最後に、内視鏡の衛生管理に関して患者さんからよく寄せられる質問にお答えします。
- 毎回同じ手順で洗浄しているのですか
-
全ての患者さんに安全な検査を提供するため、使用した内視鏡スコープは、例外なく一件ごとにガイドラインで定められた手順に従って洗浄と高水準消毒を行っています。
誰が担当しても同じ質の衛生管理が保たれるよう、手順をマニュアル化し、遵守を徹底している医療機関がほとんどです。
- 感染症(B型肝炎、C型肝炎など)はうつりませんか
-
適切な洗浄と高水準消毒が行われていれば、B型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルス、HIV(エイズウイルス)など、血液を介して感染するウイルスの感染力は失われます。
ガイドラインに準拠した衛生管理を徹底している医療機関であれば、内視鏡検査を介してこれらの感染症に感染するリスクは極めて低いです。
- 洗浄・消毒の様子を見ることはできますか
-
洗浄・消毒作業は、専用の洗浄室という衛生管理区域で行われるため、患者さんが直接見ることは通常できません。
院内の掲示物やウェブサイトなどで、自院の衛生管理への取り組みや洗浄・消毒の手順を写真や図を用いて分かりやすく紹介している医療機関もあります。
- 医療機関を選ぶ際に衛生管理をどう確認すればよいですか
-
ウェブサイトなどで衛生管理に関する情報を積極的に公開しているか、ガイドラインの遵守を明記しているか、といった点は一つの目安です。
また、日本消化器内視鏡学会が認定する専門医や指導医、あるいは日本消化器内視鏡技師会が認定する技師が在籍しているかどうかも、質の高い医療を提供する意識の表れとして参考になります。
最終的には、診察の際に医師に直接質問し、納得のいく説明が得られるかどうかで判断することも大切です。
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