イレウス(腸閉塞)と聞くと、便もガスも全く出なくなる頑固な便秘の状態を思い浮かべる方が多いでしょう。
しかし実際には、イレウスが原因で逆に下痢のような症状が起こることがあり、このことが診断を難しくさせる一因となっています。
便秘と下痢という正反対の症状が、なぜ同じイレウスという病態で起こりうるのか、多くの方が疑問に思うことでしょう。
この記事では、イレウスの基本的な知識から、便秘と下痢が併存する複雑な仕組み、そして命に関わる危険な状態を見逃さないための早期発見のポイントまで、詳しく解説します。
イレウス(腸閉塞)とは何か
便秘や下痢といった症状を理解する前に、まず原因となるイレウス(腸閉塞)がどのような病気なのか、全体像を把握することが大切です。イレウスは、原因によって大きく二つのタイプに分けられ、それぞれ治療法も異なります。
腸の内容物が流れなくなる状態
イレウスとは、小腸や大腸といった消化管の内容物(食べたものや消化液、ガスなど)の流れが、何らかの原因で滞ってしまったり、完全に停止してしまったりする状態の総称です。
腸が正常に機能していれば、内容物は蠕動(ぜんどう)運動という波のような動きによって、口側から肛門側へとスムーズに送られていきますが、イレウスになるとこの流れが妨げられ、腸管内に内容物が溜まってしまいます。
放置すると、様々な重篤な問題を引き起こす可能性があります。
機械的イレウスと機能的イレウスの違い
イレウスは原因によって大きく二つのタイプに分類され、一つは腸管が物理的に狭くなったり、塞がったりすることで内容物が通れなくなる機械的イレウスです。
もう一つは機能的イレウスで、腸管自体に物理的な閉塞はないものの、腸の動き(蠕動運動)が麻痺してしまうことで内容物の輸送ができなくなります。
一般的に、緊急の対応を要することが多いのは機械的イレウスです。
イレウスの主な分類
分類 | 概要 | 主な原因 |
---|---|---|
機械的イレウス | 腸管が物理的に塞がってしまう状態。 | 手術後の癒着、大腸がん、ヘルニア嵌頓など。 |
機能的イレウス | 腸管の運動が麻痺してしまう状態。 | 腹膜炎、薬剤の副作用、電解質異常など。 |
単純性イレウスと複雑性イレウス
機械的イレウスは、さらに単純性イレウスと複雑性(絞扼性)イレウスに分けられ、単純性イレウスは腸管の血流が保たれたまま、単純に腸の内腔が塞がっている状態です。
複雑性イレウスは腸がねじれたり、ヘルニアの穴にはまり込んだりすることで、腸管への血流が途絶えてしまう状態を指します。
血流が途絶えると腸の組織が短時間で壊死に陥り、腸に穴が開いて腹膜炎を起こすなど命に関わる危険な状態となり、複雑性イレウスは緊急手術が必要となることがほとんどです。
イレウスの典型的な症状 – 便秘と腹痛、嘔吐
イレウスが発症すると腸に内容物が溜まることによって、特徴的な症状が現れます。便秘と下痢の関係を考える前に、まず基本となる症状を理解しましょう。
ガスや便が全く出なくなる便秘
イレウスの最も代表的な症状は便とガスの停止で、腸の流れが完全にストップしてしまうため、排便はもちろんのことおならも出なくなります。普段便秘気味の方でも、おならまで全く出なくなるというのは異常なサインです。
症状は、腸が完全に塞がってしまった完全閉塞の状態で顕著に現れます。
激しい腹痛と腹部膨満感
閉塞した部分よりも口側の腸管は、溜まった内容物やガスによってパンパンに膨れ上がり、お腹の張りすなわち腹部膨満感として感じられます。
さらに、溜まった内容物を先に送ろうとして、腸が異常に強く蠕動運動を起こすため、周期的に襲ってくる激しい腹痛(疝痛発作)が生じます。お腹が張って、差し込むような痛みが波のようにやってくるのが特徴です。
イレウスの3つの主症状
症状 | 特徴 |
---|---|
便・ガスの停止 | 便だけでなく、おならも全く出なくなる。 |
腹痛 | 周期的に繰り返す、差し込むような激しい痛み。 |
嘔吐 | 吐き気を伴い、進行すると便のような臭いがすることも。 |
吐き気と嘔吐
腸管内に内容物が溜まり続けると圧力によって、内容物は行き場を失い逆流して口から吐き出され、これが嘔吐です。
最初は胃液や胆汁を吐きますが、閉塞が長く続くと小腸の内容物、さらには大腸の内容物まで逆流してくるため、嘔吐物が便のような色や臭いを帯びてくることがあります。
これを糞便様嘔吐と呼び、イレウスがかなり進行したサインです。
なぜイレウスで下痢が起こるのか
便もガスも出なくなるのがイレウスの典型的な症状である一方で、なぜ下痢が起こりうるのでしょうか。この一見矛盾した現象は、腸が完全に塞がってはいない不完全閉塞の状態で起こることがあります。
不完全閉塞の場合の「狭窄性下痢」
イレウスの全てのケースで、腸が完全に塞がってしまうわけではありません。大腸がんなどが原因で腸の内腔が徐々に狭くなっているような場合、固形の便は通過できませんが、液体状の便は狭い隙間を通り抜けます。
この時、狭くなった部分を通過しようとして腸の動きが活発になり、さらに腸管に溜まった水分も加わることで、水のような下痢便として頻繁に排出されることがあり、狭窄性下痢と呼びます。
便秘が続いていたのに、急に水様性の下痢が始まったという場合は、この状態を疑う必要があります。
閉塞部位の手前での水分貯留と腸液分泌
腸が閉塞すると、その手前の腸管は内容物でパンパンに張ります。腸管が拡張すると腸の壁から水分(腸液)が大量に分泌され、さらに腸管内に液体が溜まっていきます。
溜まった液体が腸の蠕動運動によって、狭くなった隙間から押し出されるように排出されることが、下痢の原因となります。下痢便の正体は食べたものが消化されたものではなく、主に腸壁から分泌された水分です。
腸内細菌の異常増殖による影響
腸の流れが滞ると、閉塞した部分の手前で腸内細菌が異常に増殖し、細菌のバランスの乱れも下痢を引き起こす一因です。
増殖した細菌が出す毒素などが腸の粘膜を刺激し、腸液の分泌をさらに促したり腸の運動を異常に亢進させることで、下痢の症状が悪化することがあります。
便秘と下痢が起こる仕組みの違い
症状 | 主な病態 | 概要 |
---|---|---|
便秘(便・ガスの停止) | 完全閉塞 | 腸管が完全に塞がり、内容物が全く通過できない。 |
下痢(水様便) | 不完全閉塞(狭窄) | 固形物は通れないが、液体成分が狭い部分を通り抜けて排出される。 |
イレウスを引き起こす主な原因
イレウス、特に緊急性を要することが多い機械的イレウスは、様々な原因によって起きます。原因を知ることは、ご自身の既往歴などからリスクを把握し、早期発見につなげる上で重要です。
開腹手術後の「癒着」が最多
機械的イレウスの原因として最も多いのが、過去に受けたお腹の手術(開腹手術)後の癒着(ゆちゃく)です。
癒着とは、手術の際に傷ついたお腹の中の組織(腹膜)が治る過程で、本来は離れているはずの腸同士や腸と腹壁などがくっついてしまう現象です。
癒着した部分が、ひも状になって腸を締め付けたり腸の動きを妨げることで、内容物の通過障害を起こします。胃や大腸、婦人科系の手術など、どんな開腹手術でも起こる可能性があり、手術から何年も経ってから発症することもあります。
大腸がんなどの腫瘍による閉塞
大腸がんが進行して大きくなると腫瘍自体が腸の内腔を塞いでしまい、イレウスの原因となります。特に、S状結腸や直腸といった、便が固形化してくる大腸の出口に近い部分にがんができると、閉塞を起こしやすくなります。
徐々に便が細くなったり便秘と下痢を繰り返したりといった症状が先行することが多く、最終的に完全に塞がってしまうと、緊急手術が必要です。
また、大腸がん以外にも、小腸の腫瘍や、腹腔内の他の臓器のがんが腸を圧迫してイレウスを起こすこともあります。
クローン病などの炎症性疾患
クローン病は、口から肛門までの消化管のあらゆる場所に、原因不明の炎症や潰瘍が起こる病気です。炎症が長期間続くと、腸の壁が厚く硬くなり、内腔が狭くなる狭窄(きょうさく)という状態をきたすことがあります。
狭窄が高度になると食べ物が通りにくくなり、イレウスを発症します。クローン病の患者さんでは、狭窄によるイレウスが手術が必要となる主な原因の一つです。
機械的イレウスの主な原因
- 腹部手術後の腸管癒着
- 大腸がん、小腸がんなどの悪性腫瘍
- クローン病などの炎症性腸疾患による狭窄
- 鼠径ヘルニアや腹壁瘢痕ヘルニアの嵌頓(かんとん)
- 腸重積症
鼠径ヘルニアや腸重積
鼠径(そけい)ヘルニア(脱腸)は足の付け根の筋膜が弱くなり、そこから腸が皮膚の下に脱出する病気です。
脱出した腸が穴の部分で締め付けられて戻らなくなった状態を嵌頓(かんとん)といい、この状態になると腸の血流が途絶え、緊急手術が必要な絞扼性イレウスとなります。
また腸重積は、腸の一部が隣接する肛門側の腸管の中にはまり込んでしまう病気で、主に乳幼児に多いですが、成人でもポリープや腫瘍が原因で起こることがあります。これもまた、血流障害を伴う危険なイレウスの原因です。
イレウスの診断と検査
イレウスが疑われる場合、その診断は迅速に行う必要があります。特に、腸の血流が途絶えている絞扼性イレウスを見逃さないことが極めて重要です。
問診と身体診察の重要性
診断の第一歩は問診で、腹痛の性質(いつから、どんな痛みか)、便やガスの状態、嘔吐の有無と内容、そして過去の手術歴や持病などを詳しく聞き取ります。
次に、お腹の張り具合を視診で確認し、聴診器で腸の音(腸蠕動音)を聞きます。閉塞初期には、内容物を先に送ろうとして腸の音が甲高い金属音のように聞こえることがあり、逆に麻痺性イレウスでは音が聞こえなくなります。
また、お腹を触って圧痛の場所や程度を確認し、腹膜炎の兆候がないかを調べます。
腹部X線検査(レントゲン)
腹部X線検査は、イレウスの診断においてまず行われる基本的な画像検査です。体を立たせた状態と、仰向けに寝た状態で撮影します。
腸管内に溜まったガスと液体の様子を観察し、ニボー(鏡面像)と呼ばれる液面の上にガスが水平に溜まった特徴的な画像が確認できれば、イレウスの可能性が非常に高くなります。
また、拡張した小腸の太さやガスの分布も、閉塞の部位を推測する手がかりです。
腹部CT検査
CT検査は、イレウスの診断において最も重要な情報を与えてくれる検査です。X線を使って体の断面を詳細に撮影することで、腸管がどこで、何が原因で閉塞しているのかを高い精度で特定できます。
単純性か、血流障害を伴う絞扼性かの鑑別にも非常に有用です。腸管の壁のむくみ具合や、腹水の有無、造影剤を使った際の腸管の染まり具合などを評価し、緊急手術が必要かどうかの判断材料とします。
診断の流れと各検査の役割
検査 | 主な目的・役割 |
---|---|
問診・身体診察 | 症状の把握、既往歴の確認、腹膜炎兆候の有無の評価。 |
腹部X線検査 | ニボーの確認、腸管ガスの分布評価。基本的なスクリーニング。 |
腹部CT検査 | 閉塞部位と原因の特定、絞扼の有無の評価。最も重要な検査。 |
血液検査 | 脱水の程度、炎症反応、電解質異常の評価。全身状態の把握。 |
イレウスの治療法 – 保存的治療と手術
イレウスの治療は種類や原因、重症度によって大きく異なります。
腸の血流障害がなく単純な閉塞である場合は、まず手術をしない保存的治療から開始しますが、絞扼性のイレウスや腫瘍などが原因の場合は、緊急または待機的な手術が必要です。
保存的治療の基本(絶食・点滴・イレウス管)
手術後の癒着などが原因の単純性イレウスの場合、まずは保存的治療が選択され、治療の基本は腸を休ませることです。そのために、食事や飲水を中止する絶食とし、脱水を防ぎ、栄養を補給するために点滴を行います。
同時に鼻から胃や小腸まで細い管(イレウス管)を挿入し、腸管内に溜まった消化液やガスを体の外へ吸引して、パンパンに張った腸の圧力を下げ、減圧処置により腸のむくみがとれ、自然に閉塞が解除されることを待ちます。
絞扼性イレウスの場合の緊急手術
診察やCT検査の結果、腸管の血流が途絶えている絞扼性イレウスと診断された場合は、一刻も早い手術が必要です。時間が経てば経つほど、腸の壊死が進み、命の危険が高まります。
手術では、腸のねじれや締め付けを解除し、血流を再開させます。
腸の色や動きを見て、回復が見込める場合はそのままお腹を閉じますが、すでに壊死してしまっている場合はその部分の腸を切除して、残った腸同士をつなぎ合わせる手術を行います。
腫瘍やヘルニアが原因の場合の治療
大腸がんなどの腫瘍が原因でイレウスになっている場合は、まずイレウス管や、内視鏡を使って狭窄部にステントという金属の筒を留置する処置で、一時的に腸の通り道を確保します。
そして、全身状態が安定してから、後日、原因となっているがんを切除する根治手術を行います。また、ヘルニアが原因の場合は、緊急手術で脱出した腸をお腹の中に戻し、弱くなった筋膜の穴を修復する手術を行います。
よくある質問
イレウスに伴う便秘や下痢に関して、多くの方が抱く疑問や不安についてお答えします。
- 普通の便秘や下痢と、イレウスの症状はどう見分ければよいですか
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通常の便秘では便が出なくてもおならは出ることが多いですが、イレウス(特に完全閉塞)ではおならも全く出なくなるのが特徴です。
また、イレウスの腹痛は、脂汗が出るほどの差し込むような激しい痛みが周期的にやってくることが多いです。嘔吐を伴う点も、通常の便秘とは異なります。
イレウスによる下痢は、固形物が混じらない水のような便であることが多く、しばしば激しい腹痛や腹部膨満感を伴い、通常のウイルス性腸炎などによる下痢とは、腹痛の強さやお腹の張り具合が異なります。
- 一度イレウスになると、再発しやすいですか
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手術後の癒着が原因のイレウスは、再発しやすい傾向があります。一度癒着が形成されると、体質的に癒着を起こしやすい状態が続くため、何かのきっかけで再び腸がねじれたり、折れ曲がったりします。
再発を完全に予防することは難しいですが、暴飲暴食を避ける消化の良いものをよく噛んで食べる、適度な運動を心がけるといった生活習慣の工夫で、リスクをある程度低減することは可能です。
- イレウスの予防のために、日常生活でできることはありますか
-
癒着性イレウスの再発予防としては、食生活の管理が重要です。一度にたくさん食べる過食や早食いは、腸に負担をかけるため避けましょう。
消化しにくい食物繊維の多い食品(きのこ、こんにゃくなど)や、餅のように腸に張り付きやすい食品の大量摂取にも注意が必要です。
また、適度な運動は腸の蠕動運動を促し、癒着を予防する効果も期待できます。便秘にならないように、十分な水分摂取を心がけることも大切です。
- イレウスの治療には入院が必要ですか
-
イレウスと診断された場合は、原則として入院治療が必須です。保存的治療を行う場合でも、絶食・点滴管理や、イレウス管の挿入・管理が必要となり、全身状態を注意深く観察する必要があるためです。
絞扼性イレウスや保存的治療で改善しなかったり、腫瘍などが原因の場合は、手術目的での入院となります。
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