「たかがイビキで病院なんて……」「治療しなくても、すぐに死ぬわけじゃないでしょ?」
もしあなたがそう思われているなら、少し立ち止まってこの記事を読んでみてください。
睡眠時無呼吸症候群(SAS)は、単に「眠りが浅くなる病気」ではありません。毎晩繰り返される呼吸停止が、あなたの心臓や血管を静かに、しかし確実に傷つけ、高血圧や糖尿病、さらには脳血管障害や心不全といった命に関わる合併症を引き起こす引き金となるのです。
この記事では、なぜ無呼吸がこれほど恐ろしい病気を招くのか、その医学的なメカニズムとリスクについて、循環器内科医の視点から解説します。
1. 「死ぬわけではない」は誤解?放置が招く「突然死」と合併症の真実
多くの患者さんが「今は元気だから」と治療を先送りにしがちです。しかし、睡眠時無呼吸症候群を未治療のまま放置することは、将来的な死亡リスク(予後の悪化)に直結することが、多くの医学研究で明らかになっています。
無呼吸の状態は、例えるなら「毎晩、寝ている間に何度も首を絞められている」のと同じこと。体は毎晩、深刻な酸欠状態に耐えています。この負担が数年、十数年と積み重なることで、ある日突然、突然死や重篤な合併症として牙をむくのです。
【重要】
睡眠時無呼吸症候群は、単独の病気ではなく、全身の血管をボロボロにする「全身病」の入り口であると認識してください。
米国で行われた大規模な調査(Wisconsin Sleep Cohort Study)では、重症の無呼吸がありながら未治療の場合、健康な人と比較して死亡率が数倍に跳ね上がることが示唆されています。

2. なぜ息が止まると血圧が上がる?低酸素が血管を痛めつけるメカニズム
「睡眠時無呼吸症候群の患者さんは、高確率で高血圧を合併している」では、なぜ呼吸が止まると血圧が上がるのでしょうか?
通常、睡眠中は副交感神経が優位になり、血圧は下がって体は休息モードになります。しかし、無呼吸によって体内の酸素濃度が低下すると、脳は「緊急事態」と判断し、無理やり呼吸を再開させようとします。この時、交感神経が激しく刺激されます。
交感神経が興奮すると、血管がギュッと収縮し、心臓の拍動が速くなります。つまり、寝ている間もずっと全力疾走しているような状態になり、血圧が高い状態(夜間高血圧)が続くのです。さらに恐ろしいのは、この状態が慢性化すると、日中の血圧までもが下がりにくくなることです。
メカニズムの要点:
低酸素 → 交感神経の暴走 → 血管収縮 → 血圧上昇
この「治療抵抗性高血圧(薬を飲んでも下がらない高血圧)」の裏に、実は無呼吸が隠れているケースは少なくありません。逆に言えば、無呼吸を治療することで血圧コントロールが改善することも分かっています。

3. 沈黙の殺し屋「脳血管障害(脳卒中)」と「心不全」の連鎖
高血圧が長く続くと、動脈硬化が進行します。血管の壁が厚く硬くなり、内側が狭くなることで、血液の流れが悪くなります。この状態が脳の血管で起これば脳血管障害(脳梗塞や脳出血)に、心臓の血管で起これば狭心症や心筋梗塞に繋がります。
特に注意が必要なのが、以下の2つのリスクです。
- 脳卒中(脳梗塞・脳出血)無呼吸のある人は、ない人に比べて脳卒中のリスクが約2~3倍高まると言われています。特に起床時は、夜間の血圧変動の影響を受けやすく、発症リスクが高い時間帯です。
- 心不全と心房細動呼吸のたびに胸腔内(胸の中)の圧力が大きく変動するため、心臓には物理的な負荷がかかり続けます。これが心臓のポンプ機能を低下させる心不全や、脈が不規則になる心房細動(不整脈の一種)を引き起こします。
心房細動は血栓(血の塊)を作りやすく、それが脳に飛んで重篤な脳梗塞(心原性脳塞栓症)を起こす原因にもなります。まさに、負の連鎖です。

4. 糖尿病リスクも上昇?全身を蝕む負のスパイラル
「睡眠」と「血糖値」、一見関係なさそうに見えますが、実は睡眠時無呼吸症候群(SAS)は、糖尿病の隠れた原因の一つです。
呼吸が止まるたびに感じるストレスは、体内でコルチゾールやアドレナリンといったホルモンの分泌を促します。これらのホルモンには「血糖値を上げる作用」があるため、インスリン(血糖値を下げるホルモン)の効きが悪くなる「インスリン抵抗性」を引き起こしてしまいます。
負のスパイラル(悪循環)
- 無呼吸で代謝が落ちる・ストレスがかかる
- インスリン抵抗性が生じ、血糖値が上がる(糖尿病リスク増)
- 肥満になりやすくなり、喉の脂肪が増えて無呼吸がさらに悪化する
最新の研究では、中等症以上の無呼吸がある人は、そうでない人に比べて2型糖尿病の発症リスクが有意に高いというデータもあります。糖尿病治療をしているのになかなか数値が良くならない場合、背景に睡眠の問題が隠れている可能性があります。

5. 命を守るために。循環器内科医が教える受診と治療のタイミング
ここまで怖い話が続きましたが、希望もあります。それは「治療をすれば、リスクは大幅に下げられる」ということです。
CPAP(シーパップ)療法などの適切な治療を行えば、睡眠中の無呼吸がなくなり、交感神経の暴走が止まります。その結果、血圧が下がり、心臓への負担が減り、脳卒中や心不全のリスクを低減することが可能です。
こんな症状があれば、迷わず検査を
もし以下の症状に心当たりがあれば、あなたの体はすでに悲鳴を上げているかもしれません。
- 起床時の頭痛(酸欠のサイン)
- 日中の強い眠気、集中力の低下
- 夜中に何度もトイレに起きる(心臓への負担のサイン)
- 家族から「息が止まっている」と言われた
「まだ大丈夫」と思わず、専門医に相談することが、あなたの10年後の命を守る最大の投資になります。
よくある質問(Q&A)
ここでは、診察室で患者さんからよく聞かれる質問にお答えします。
Q1. 痩せれば治りますか?
A. 改善する可能性はありますが、日本人には「痩せていても無呼吸」の方が多いです。
肥満解消は有効ですが、日本人は欧米人に比べて「顎が小さい」という骨格的な特徴があり、痩せ型でも重症の無呼吸(SAS)であることが珍しくありません。体重管理と並行して、専門的な検査を受けることを強くお勧めします。
Q2. お酒を飲んで寝るといびきがひどくなるのはなぜ?
A. アルコールが喉の筋肉を緩めてしまうからです。
お酒には筋弛緩作用があり、舌や喉の筋肉がだらりと下がって気道を塞ぎやすくします。無呼吸の症状がある方は、寝酒は「百害あって一利なし」です。まずは晩酌を控えるだけでも、睡眠の質が変わるかもしれません。
まとめ:その「いびき」は体からのSOS。早めの検査で将来の安心を
睡眠時無呼吸症候群は、放置すれば高血圧、脳卒中、心不全、突然死への「片道切符」になりかねません。しかし、早期に発見し、CPAP療法などで呼吸の管理を行えば、これらのリスクを未然に防ぎ、健康な毎日を取り戻すことができます。
「寝ている間のことだからわからない」で済ませず、ご家族の指摘やご自身の体調の変化(朝の頭痛、日中の眠気)を見逃さないでください。症状が気になる方は、ぜひ一度、かかりつけ医にご相談ください。
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参考文献
- 2023年改訂版 循環器領域における睡眠呼吸障害の診断・治療に関するガイドライン
- 発行元: 日本循環器学会 (JCS)
- 発行年: 2023年
- URL: [JCS公式サイト ガイドライン一覧]
- Cardiovascular effects of obstructive sleep apnoea and effects of continuous positive airway pressure therapy: evidence from different study models
- 著者: M Bradicich, et al.
- 掲載誌: European Respiratory Journal, 2025
- The Influence of Obstructive Sleep Apnea on Post-Stroke Complications: A Systematic Review and Meta-Analysis
- 著者: N Kurra, et al.
- 掲載誌: Journal of Clinical Medicine, 2024
- Relationship between obstructive sleep apnea and type 2 diabetes mellitus
- 著者: R Abelleira, et al.
- 掲載誌: Medicina Clínica, 2024
- Obstructive Sleep Apnea and Cardiometabolic Disease: Obesity, Hypertension, and Diabetes
- 著者: E Tasali, et al.
- 掲載誌: Circulation Research (American Heart Association), 2025
この記事の監修者
医療法人社団心匡会 理事長 中村 文保
- 日本内科学会 総合内科専門医
- 日本消化器病学会 消化器病専門医
- 日本消化器内視鏡学会 専門医
- 日本肝臓学会 肝臓専門医
当院は、金沢・野々市・白山市の皆様に信頼される「地域のかかりつけ医」として、専門性の高い医療を提供しています。
