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ドライバーの睡眠時無呼吸症候群|運転義務と事故リスク・検査の重要性

「高速道路を運転中、一瞬意識が飛んでヒヤッとした」

「信号待ちで強烈な眠気に襲われることがある」

毎日ハンドルを握る職業ドライバーの方にとって、こうした経験は単なる疲れでは済まされない恐怖があるはずです。もし、その眠気の原因が睡眠時無呼吸症候群(SAS)だとしたら、放置することはあなたの命だけでなく、「運転免許」や「仕事」そのものを失うリスクに直結します。

この記事では、職業ドライバーや社用車を運転する方に向けて、SASと交通事故のリスク、道路交通法上の扱い、そして仕事を守りながら治療する方法について、専門医の視点から解説します。


目次

睡眠時無呼吸症候群(SAS)が引き起こす「交通事故リスク」

睡眠時無呼吸症候群(SAS)は、睡眠中に何度も呼吸が止まり、脳が酸欠状態になる病気です。本人は眠っているつもりでも脳は覚醒を繰り返しているため、日中に強烈な眠気(睡眠負債)が生じます。

事故率は健常者の7倍?医学的データが示す危険性

SASのドライバーにとって最も恐ろしいのは、運転操作への影響です。重度のSAS患者の場合、交通事故を起こすリスクは健常者の約7倍に達すると報告されているデータもあります。これは、酒気帯び運転と同等の危険度です。

特に、長距離トラックやバス、タクシーなどの職業運転手は、単調な高速道路の運転や不規則な勤務体系により、リスクがさらに高まりやすい環境にあります。

漫然運転・居眠り運転のメカニズム(マイクロスリープ)

SASによる眠気は、前兆なく突然襲ってくるのが特徴です。これを「マイクロスリープ(微小睡眠)」と呼びます。数秒〜数十秒間、目を開けたまま脳だけが眠っている状態になり、その間に車は数十メートル暴走してしまいます。

【重要】

「気合で眠気を覚ます」ことは不可能です。SASは根性論で解決できる問題ではなく、医学的な治療が必要な「病気」です。


知っておくべき「道路交通法」と職業ドライバーの義務

「病院に行ってSASと診断されたら、免許が取り消されるのではないか?」

そう心配して、受診をためらうドライバーの方は少なくありません。しかし、正しい知識を持つことが自分を守ることにつながります。

道路交通法第66条(過労運転等の禁止)の解釈

道路交通法第66条では、「過労、病気、薬物の影響その他の理由により、正常な運転ができないおそれがある状態で車両等を運転してはならない」と定められています。

SASを放置したまま運転を続け、もし事故を起こしてしまった場合、この「過労運転等の禁止」違反に問われ、重い刑事責任(危険運転致死傷罪など)を問われる可能性があります。

診断されたら免許取り消し?誤解と正しい申告義務

「SASと診断=即免許取り消し」ではありません。

道路交通法では、免許の拒否や保留、取り消しの対象となる病気の一つに「重度の眠気を呈する睡眠障害」が含まれていますが、これは「適切な治療を受けておらず、安全な運転に支障を及ぼす場合」が主な対象です。

逆に言えば、適切に検査を受け、医師の指導のもとで治療を行い、症状がコントロールされていれば、運転免許を維持し、業務を継続することは可能です。


「会社にバレたらクビ?」不安に対する正しい対処法

プロドライバーにとって、会社への報告は非常にデリケートな問題です。「乗務を外される」「解雇される」という不安があるからこそ、発見が遅れるケースが後を絶ちません。

トラック協会等のガイドラインと企業の安全配慮義務

近年、国土交通省やトラック協会などの業界団体は、SAS対策に非常に力を入れています。多くの運送事業者向けのガイドラインでは、「SASの疑いがあるドライバーを解雇する」のではなく、「検査を促し、治療しながら乗務を継続させる」ことが推奨されています。

企業には従業員の健康を守る「安全配慮義務」があります。SASを隠して事故を起こすことこそが、会社にとっても本人にとっても最悪の結果を招きます。

治療を行えば乗務は可能(国交省マニュアルより)

国土交通省の「事業用自動車の運転者の健康管理マニュアル」においても、SASと診断された場合でも、医師による治療(CPAP療法など)を受け、経過が良好であれば乗務可能である旨が示されています。

まずは社内の産業医や運行管理者に相談し、前向きに検査を受けることが、長くドライバーとしてのキャリアを続ける秘訣です。

職業ドライバー向け「スクリーニング検査」と費用助成

「検査を受けたいが、費用や手間が心配」という方のために、職業ドライバーに特化した検査体制と助成制度について解説します。

SASスクリーニング検査とは?(簡易検査の流れ)

SASの検査はいきなり入院するわけではありません。まずは自宅で寝る前に指先にセンサーを取り付けるだけの「簡易検査(パルスオキシメトリー等)」から始めます。

これは痛みもなく、いつもの睡眠環境で実施できるため、翌日の乗務への影響もありません。

全日本トラック協会などの助成金制度活用

運送業界では、「健康起因事故」を防ぐためにSAS対策への助成が充実しています。

例えば、全日本トラック協会や各都道府県のトラック協会では、会員事業者を対象にスクリーニング検査費用の助成(例:費用の半額、上限2,500円など)を行っています。

「会社に相談しにくい」という場合でも、まずはこうした制度が自社で利用可能か、運行管理者や総務担当者に確認してみることを強く推奨します。


治療しながら仕事を続けるために(CPAP療法)

SASと診断されても、プロドライバーを辞める必要はありません。適切な治療を行えば、事故リスクを健常者と同レベルまで下げることが可能です。

治療開始後の運転再開目安

中等症〜重症のSASに対する標準治療はCPAP(シーパップ)療法です。鼻マスクから空気を送り込み、気道を確保します。

多くの医学論文(下記参考文献参照)において、CPAP治療を適切に行うことで、自動車事故のリスクが劇的に低下することが証明されています。

【重要】

CPAP治療を始めたその日から、「朝の目覚めが違う」「昼間の眠気が消えた」と効果を実感するドライバーも少なくありません。治療継続こそが、あなたの「ゴールド免許」を守る最強の武器となります。


よくある質問(Q&A)

Q1. 免許更新時の質問票で「眠気」があると答えたらどうなりますか?

A. 正直に回答することが法律上の義務です。ただし、「はい」と答えたからといって直ちに免許が取り消されるわけではありません。医師による診断書の提出を求められ、「治療により運転に支障がない」と証明されれば、免許は更新可能です。逆に虚偽の記載をする方が、発覚時の罰則(懲役・罰金)のリスクが高まります。

Q2. 治療費は労災になりますか?

A.原則として私傷病として扱われますが、業務との因果関係が強いと判断されれば労災となる可能性もゼロではありません。しかし実際は労災認定は難しいのが現状です。
治療費は健康保険が適用されます(3割負担で月額4,000〜5,000円程度)。これを「事故を起こして職を失うリスクに対する保険料」と考えれば、決して高い出費ではないはずです。


まとめ:早期発見が、あなたの命と免許と仕事を守る

「まだ大丈夫だろう」という過信が、取り返しのつかない事故を招きます。

職業ドライバーにとって、SAS対策は単なる健康管理ではなく、プロフェッショナルとしての「安全義務」です。

もし現在、少しでも「運転中の眠気」「大きないびき」に心当たりがあるなら、迷わず専門医または、かかりつけ医にご相談ください。

早めの行動が、あなたと、あなたの家族、そして道路を利用するすべての人の命を守ります。

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【睡眠時無呼吸症候群の合併症連鎖。高血圧・糖尿病を招く酸欠の正体】
SASが運転に与える影響だけでなく、全身の血管や代謝にも負担をかけることをご存じでしょうか。高血圧や糖尿病など、将来的な健康リスクとのつながりを理解しておくことで、ご自身のからだ全体を守る視点が得られます。


参考文献

  1. The Association between Sleep Apnea and the Risk of Traffic Accidents
    • 著者: Terán-Santos J, Jiménez-Gómez A, Cordero-Guevara J.
    • 掲載誌: New England Journal of Medicine (NEJM), 1999
  2. Obstructive Sleep Apnea and Risk of Motor Vehicle Crash: Systematic Review and Meta-Analysis
    • 著者: Tregear S, Reston J, Schoelles K, Phillips B.
    • 掲載誌: Journal of Clinical Sleep Medicine (JCSM), 2009
  3. 事業用自動車の運転者の健康管理マニュアル
    • 著者: 国土交通省自動車局
  4. 睡眠時無呼吸症候群(SAS)対策マニュアル
    • 著者: 公益社団法人 全日本トラック協会
  5. Reduction in motor vehicle collisions following treatment of sleep apnoea with nasal CPAP
    • 著者: George CF.
    • 掲載誌: Thorax, 2001

この記事の監修者

医療法人社団心匡会 理事長 中村 文保

  • 日本内科学会 総合内科専門医
  • 日本消化器病学会 消化器病専門医
  • 日本消化器内視鏡学会 専門医
  • 日本肝臓学会 肝臓専門医

当院は、金沢・野々市・白山市の皆様に信頼される「地域のかかりつけ医」として、専門性の高い医療を提供しています。睡眠時無呼吸症候群の簡易検査からCPAP治療導入まで、職業ドライバーの方の生活スタイルに合わせたサポートを行っております。

★[リンク設置:当院の予約・お問い合わせページへ「WEB予約はこちら」]★

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この記事を書いた人

Dr.中村文保のアバター Dr.中村文保 医療法人社団心匡会 理事長

金沢消化器内科・内視鏡クリニック 院長
日本内科学会 総合内科専門医
日本消化器内視鏡学会 消化器内視鏡専門医
日本消化器病学会 消化器病専門医
日本肝臓学会 肝臓専門医

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