胸焼けといびきの意外な関係
睡眠時無呼吸が逆流性食道炎を招く理由
「胃薬を飲んでいるのに、なかなか胸焼けが治らない」 「朝起きると、喉がヒリヒリして口の中が酸っぱい」
もしあなたがこのような症状に悩まされているなら、その原因は「睡眠中の呼吸」にあるかもしれません。
実は、「逆流性食道炎(GERD)」と「睡眠時無呼吸症候群(SAS)」は、非常に深い関わりがあることが近年の医学研究で明らかになっています。単なる胃の問題だと思って治療をしていても、睡眠時の無呼吸が解決していなければ、症状は繰り返してしまうのです。
この記事では、なぜ睡眠時無呼吸が胃酸逆流を引き起こすのか、その医学的なメカニズム(機序)について、専門的な知見を交えながら分かりやすく解説します。
なぜ「睡眠時無呼吸」が「逆流性食道炎」を引き起こすのか?
まず知っていただきたいのは、この2つの病気が「合併しやすい」という事実です。決して珍しいケースではなく、臨床現場ではよく一緒に見られます。
2つの病気の密接な関係

データによると、閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSA)の患者さんのうち約40〜60%が逆流性食道炎を合併していると報告されています。逆に、難治性(治りにくい)の逆流性食道炎の患者さんを調べると、睡眠時無呼吸が見つかることもあります。
これは、「たまたま2つの病気になった」のではなく、「片方の病気がもう片方の病気を引き起こしている」、あるいは「お互いに悪化させ合っている」可能性が高いことを示唆しています。
共通するリスク因子「肥満」の影響
この2つの病気を繋ぐ最も分かりやすい要因の一つが「肥満」です。
- 睡眠時無呼吸: 首周りや舌についた脂肪が、仰向けで寝た際に気道を塞ぎ、呼吸を止めてしまいます。
- 逆流性食道炎: 内臓脂肪が増えると、お腹側から胃が圧迫され(腹圧の上昇)、物理的に胃酸が食道へ押し戻されやすくなります。
しかし、「私は太っていないのに、両方の症状がある」という方もいらっしゃいます。実は、肥満以外にも、睡眠中の呼吸そのものが胃酸を逆流させる強力な力として働いているのです。
【メカニズム解説】胃酸が吸い上げられる「陰圧」の正体
ここからは少し専門的な話になりますが、なぜ「呼吸が止まる」ことが「胃酸逆流」に直結するのか、現在考えられているメカニズム(機序)の主要な仮説の1つを解説します。

ストロー現象?呼吸努力が生む強力な吸引力
閉塞性睡眠時無呼吸症候群では、寝ている間に舌根(舌の付け根)などが沈下し、空気の通り道(気道)が塞がれます。
気道が塞がっているにもかかわらず、体は酸素を取り込もうとして、横隔膜を強く動かして息を吸おうと努力します(呼吸努力)。 すると、胸の中(胸腔)はどうなるでしょうか?
ストローの先を指で塞いで強く吸い込むと、ストローの中がぺしゃんこになるのと同じように、胸の中には強力な「陰圧(吸い込む力)」が発生します。
通常、胸とお腹の間にある横隔膜付近では、胃から食道への逆流を防ぐ圧力が働いています。しかし、無呼吸による強力な胸腔内陰圧が発生すると、その吸引力によって、胃の中にある胃酸が食道の方へと無理やり「吸い上げられて」しまうのです
これが、無呼吸の人が寝ている間に胃酸逆流を起こす最大のメカニズムの一つです。
睡眠の分断が招く「食道の防御機能」低下
もう一つのメカニズムは、睡眠の質に関係しています。 無呼吸が起きると、脳は酸欠を察知して、呼吸を再開させるために瞬間的に覚醒(中途覚醒)します。これを一晩に何度も繰り返します。
通常、私たちが起きている時や浅い睡眠の時は、唾液を飲み込むことで食道を洗い流す「クリアランス機能」が働いています。しかし、無呼吸による頻繁な覚醒と再入眠の繰り返しは、自律神経のバランスを乱し、この**「飲み込み運動(嚥下反射)」のリズムを狂わせます。
結果として、逆流してきた胃酸を素早く胃に戻すことができず、長時間食道に酸が留まることになり、粘膜が傷ついてしまうのです。
放置は危険!「負の連鎖(悪循環)」を断ち切る
肥満のように2つの病気に共通の原因があるだけでなく、お互いが「悪循環(Vicious Cycle)」を形成することがあります。

胃酸による炎症が喉のむくみを招く
一方通行ではなく、逆流性食道炎が睡眠時無呼吸を悪化させることもあります。 就寝中に逆流した強い酸が、食道を超えて喉(咽頭・喉頭)まで到達すると、喉の粘膜に炎症を起こします。
炎症を起こした粘膜は、腫れぼったく「むくみ(浮腫)」を生じます。 ただでさえ狭くなりやすい気道が、むくみによってさらに狭くなることで、いびきや無呼吸がより発生しやすくなる可能性が考えられます。
睡眠の質低下がストレスとなり、胃酸過多となる可能性も
- 無呼吸で睡眠不足になる。
- 日中のストレスが増え、自律神経が乱れる。
- 自律神経の乱れが「胃酸の過剰分泌」を招く。
- 夜間にさらに逆流しやすくなる。
このように、お互いが症状を悪化させる可能性がありますので、2つの疾患を適切に評価し両面から治療するのが望ましいです。 「たかが胸焼け」「たかがいびき」と放置せず、適切な検査・治療を受けましょう。
治療のカギは「CPAP療法」と生活習慣
ここまで「無呼吸が胃酸逆流を招く」メカニズムをお伝えしましたが、大切なのは「睡眠時無呼吸を治療すれば、逆流性食道炎も同時に改善する可能性がある」ということです。
「空気の支柱」で逆流をブロックするCPAP(シーパップ)
睡眠時無呼吸症候群の標準治療であるCPAP(持続陽圧呼吸療法)は、マスクから空気を送り込み、気道を内側から広げる治療法です。
実はこのCPAP、単に呼吸を助けるだけではありません。 気道に陽圧(プラスの圧力)をかけることで、胸の中の「陰圧(吸い上げる力)」が発生するのを防ぎます。 さらに、物理的に「蓋」をするような役割(空圧的副子)を果たし、胃酸が食道へ上がってくるのを強力にブロックする効果が期待できるのです。
実際、CPAP治療を適切に行うことで、夜間の胸焼け症状が大きく減ったという研究データ(メタ解析)も報告されており、消化器症状の改善にも有効な手段とされています。

薬だけに頼らない生活習慣の改善
根本解決のためには、以下の生活習慣の見直しも重要です。
- 「左向き」で寝る : 胃の形状上、左側を下にして寝ると胃酸が溜まり、食道へ逆流しにくくなります。
- 減量は最強の治療 : 肥満の解消は、喉の脂肪を減らして気道を広げると同時に、腹圧を下げて胃の圧迫を解消します。
- 就寝前のアルコールを控える : お酒は筋肉を弛緩(リラックス)させるため、舌が落ち込みやすくなり無呼吸が悪化します。同時に、胃と食道の間の筋肉(下部食道括約筋)も緩めてしまうため、逆流のリスクが跳ね上がります。
医師への相談目安
「市販の胃薬を飲んでいればそのうち治るだろう」と軽く考えるのは危険です。 特に、以下の症状に当てはまる場合は、消化器内科だけでなく、睡眠時無呼吸の専門外来(呼吸器内科や耳鼻咽喉科など)の受診も検討してください。
こんな症状があれば要注意(受診のサイン)
- 薬が効かない(難治性): 胃酸を抑える薬(PPIなど)を飲んでも症状が改善しない。
- 「朝」の不調が強い: 朝起きた瞬間に喉が痛い、声が枯れている、口の中が苦い。
- 日中の強烈な眠気: しっかり寝たはずなのに昼間どうしようもなく眠い(無呼吸の典型症状)。
- 嚥下障害: 食べ物が喉につかえる感じがする、体重が急に減った(食道がんなどのリスクも考慮が必要です)。
遠回りに見えるかもしれませんが、いびきの治療が胸焼け完治への近道かもしれません。
まとめ:その胸焼け、原因は「喉」にあるかもしれません
逆流性食道炎と睡眠時無呼吸症候群は、切っても切れない関係があります。
- 無呼吸による「胸腔内陰圧(吸引力)」が胃酸を吸い上げる。
- 頻繁な中途覚醒が、食道の防御機能を低下させる。
- お互いがお互いを悪化させる「負の連鎖」がある。
もし、長引く胸焼けといびきの両方に心当たりがあるなら、一度専門医に相談してみてください。原因が「胃」ではなく「呼吸」にあるとわかれば、治療の選択肢は大きく広がります。 症状が続く場合は、自己判断せずに早めに医療機関を受診しましょう。
- 枕を高くすると逆流は防げますか?
-
はい、ある程度の効果は期待できます。 頭だけでなく、上半身全体を少し高くする(リクライニングのような姿勢)と、重力によって胃酸が逆流しにくくなります。ただし、枕が高すぎると顎が引けて気道が狭くなり、かえって無呼吸が悪化する可能性があるため、「枕の積み重ね」はお勧めしません。
- 痩せれば治りますか?
-
改善する可能性は非常に高いです。 内臓脂肪が減れば腹圧が下がり、首周りの脂肪が減れば気道が広がります。両方の病気に対して最も効果的かつ副作用のない治療法は「減量」です。
- お酒を飲んでそのまま寝るのが習慣ですが、ダメですか?
-
可能な限り控えましょう。 アルコールは「気道を塞ぎやすくする」かつ「胃の入り口を緩める」という、この2つの病気にとっては最悪の働きをします。就寝の3〜4時間前までには飲み終えることを強くおすすめします。
参考文献
- [Causal association of gastroesophageal reflux disease with obstructive sleep apnea and sleep-related phenotypes: a bidirectional two-sample Mendelian randomization study] – Qin S, Wang X, et al., Frontiers in Neurology, 2023.
- [Obstructive sleep apnea and 19 gastrointestinal diseases: a Mendelian randomization study] – Wang L, et al., Frontiers in Psychiatry, 2024.
- [Effect of continuous positive airway pressure on gastroesophageal reflux in patients with obstructive sleep apnea: a meta-analysis] – Cheng Li, et al., Sleep and Breathing, 2021.
- [胃食道逆流症(GERD)診療ガイドライン2021(改訂第3版)] – 日本消化器病学会, 南江堂, 2021年.
- [睡眠時無呼吸症候群(SAS)の診療ガイドライン2020] – 日本呼吸器学会, 南江堂, 2020年.
