「夜中に2回も3回もトイレに起きてしまう」
「トイレのせいで熟睡できず、日中も眠い」
もしあなたがこのようなお悩みをお持ちなら、それは単なる「年のせい」ではないかもしれません。
一般的に、夜間の頻尿は前立腺肥大や過活動膀胱といった「泌尿器」の問題と思われがちです。しかし、実は心臓からのSOSであったり、睡眠時無呼吸症候群(SAS)という病気が隠れていたりするケースが非常に多いことが分かってきました。
本記事では、夜間頻尿と心臓・ホルモンの意外な関係について、最新の医学的知見に基づき解説します。
夜中に何度もトイレに起きるのは「年のせい」だけではない
「年をとったからトイレが近くなるのは当たり前」と諦めてはいませんか?
確かに加齢に伴い、膀胱が尿をためる力は少しずつ弱くなります。しかし、夜間に何度も目が覚めてしまう原因は、膀胱の問題だけとは限りません。
夜間頻尿の原因は大きく分けて2つあります。
- 膀胱蓄尿障害: 膀胱が硬くなったり過敏になったりして、少量の尿しかためられない(泌尿器科的要因)。
- 夜間多尿: 夜寝ている間に作られる「尿の量そのもの」が異常に増えてしまう(内科・循環器的要因)。
特に見逃されがちなのが、2つ目の「夜間多尿」です。
本来、人間の体は睡眠中はホルモン(バソプレシンなど)の働きで尿産生が昼間より減るように調整されていますが、何らかの原因でこのバランスが崩れると、寝ている間に大量の尿が作られ、物理的にタンク(膀胱)が満タンになって目が覚めてしまいます。
この「夜間多尿」の背後には、心不全予備軍や睡眠障害といった、全身の健康に関わるリスクが潜んでいる可能性があります。

【メカニズム】なぜ心臓が悪いと夜間頻尿になるのか?
「おしっこと心臓、何の関係があるの?」と思われるかもしれません。
ここで重要な鍵を握るのが、心臓から分泌されるホルモン、心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)です。
心臓が「苦しい」と感じると尿が増える仕組み
心臓は全身に血液を送るポンプです。しかし、心機能が低下したり、睡眠中に胸に負担がかかったりすると、心臓の中に血液がうっ滞し、心臓の壁が引き伸ばされます(負荷がかかります)。
すると心臓は「血液の量が多くて苦しい! 水分を外に出して楽になりたい!」と判断し、ANP(心房性ナトリウム利尿ペプチド)というホルモンを血液中に放出します。
このANPは、腎臓に対して強力な命令を出します。
「ナトリウム(塩分)と水分を尿としてどんどん排出しなさい」
この指令を受けた腎臓は、本来なら休んでいるはずの夜間に活発に働き始め、大量の尿を作り出します。これが、心臓への負担が原因で起こる夜間多尿の正体です。つまり、夜中のトイレは「心臓が負担を感じているサイン」である可能性があるのです。
いびきをかいていませんか?睡眠時無呼吸症候群(SAS)との関係
心臓に負担をかけ、ANPの分泌を促す大きな原因の一つとして、睡眠時無呼吸症候群(SAS)が挙げられます。
SASは、睡眠中に気道が塞がり、呼吸が何度も止まってしまう病気です。いびきをかく、日中の眠気が強いといった症状が特徴ですが、実は夜間頻尿とも密接に関係しています。
無呼吸が「尿」を作る負の連鎖
- 呼吸が止まる: 気道が閉塞し、胸の中の圧力(胸腔内圧)が大きく低下します。
- 心臓への吸引効果: 圧力が下がると、ポンプ作用で全身の血液が心臓に無理やり吸い寄せられます。
- 心臓の拡張: 急激に血液が戻ってきた心臓はパンパンに膨らみます。
- ANPの放出: 心臓はこれを「水分過多」と勘違いし、ANPを放出して尿を作らせます。
さらに、呼吸が止まるたびに脳が覚醒する「睡眠分断」が起こるため、尿意を感じやすくなるという側面もあります。「トイレに行きたいから起きる」のではなく、「呼吸が苦しくて目が覚めたタイミングで、たまたま尿意を感じる」というケースも少なくありません。
もし、ご家族から「寝ている時にいびきが止まっている」と指摘されたことがある場合は、一度専門的な検査を受けることを強くお勧めします。
放置すると怖い?睡眠不足による「QOL低下」と健康リスク
夜間頻尿を「ただトイレに行くだけ」と軽く考えてはいけません。
夜中に何度も目が覚めることによる睡眠分断(Sleep Fragmentation)は、日中のパフォーマンスを下げるだけでなく、命に関わる健康リスクを引き起こすことが近年の研究で明らかになっています。
1. 転倒・骨折のリスク
高齢の方にとって、真夜中の薄暗い中でのトイレ移動は転倒の温床です。夜間頻尿がある人は、そうでない人に比べて転倒や骨折のリスクが約30%〜2倍近く高まるというデータもあります。これらは「寝たきり」に直結する危険なイベントです。
2. 「夜間高血圧」と心血管イベント
通常、血圧は睡眠中に下がります(ディッパー型)。しかし、夜間頻尿で何度も起きると血圧が下がらず、逆に上がってしまうことがあります(ノンディッパー・ライザー型)。
この夜間高血圧は、心筋梗塞や脳卒中のリスクを著しく高めることが分かっています。トイレに起きることが、心臓へのさらなるダメージになっているという悪循環です。
夜間頻尿を改善するためにできること(治療・対策)
「年のせい」と諦める前に、適切な対策を行うことで症状は改善します。
ここでは、特に「心臓・無呼吸」が原因の場合に効果的なアプローチを紹介します。
1. 生活習慣の見直し(塩分と水分のコントロール)
心臓への負担を減らすため、まずは塩分制限(1日6g未満推奨)が基本です。塩分を摂りすぎると、喉が乾いて水を飲み、さらに体内に水分を溜め込もうとするため、夜間多尿が悪化します。
- 夕食: 寝る3時間前までに済ませる。
- 水分: アルコールやカフェイン(利尿作用がある)は控え、夕方以降の水分摂取をコップ1杯程度に抑える。
- 弾性ストッキング: 昼間に着用することで、足のむくみ(水分)が夜に心臓へ戻るのを防ぎます。
2. 睡眠時無呼吸症候群(SAS)の治療(CPAP療法)
SASが原因でANP(利尿ホルモン)が出ている場合、SASを治療することが劇的な解決策になります。
鼻から空気を送り込むCPAP(シーパップ)療法を行うことで、心臓への負担が減り、ANPの分泌が止まります。
実際、CPAP治療によって「夜間のトイレ回数が2回台から1回未満に減った」という研究報告もあり、多くの患者さんが「朝までぐっすり眠れるようになった」と実感されています。
医師への相談目安:泌尿器科?それとも内科?
「どこの病院に行けばいいのか分からない」という方は、以下のチェックリストを参考にしてください。
- 泌尿器科がおすすめな場合
- 「おしっこの勢いが悪い」「出した後も残っている感じがする」
- 「我慢できない尿意(切迫感)がある」
- 1回の尿量が極端に少ない。
- 循環器内科・内科がおすすめな場合
- 「足のむくみ」がある。
- 「いびき」や「無呼吸」を指摘される。
- 夜間の尿量が明らかに多い。
- 日中の眠気が強い。
もし判断に迷う場合は、まずは全身を診てくれる「かかりつけ医」や「総合内科」への相談をお勧めします。
よくある質問(Q&A)
Q1. 夜中に何回トイレに行くと「病気」ですか?
A. 一般的に、夜間に1回以上トイレに起きることで生活に支障(眠気や疲労)が出る場合を「夜間頻尿」と定義します。ただし、加齢とともに1回程度起きることは生理的な範囲内とも言えます。2回以上起きる、または1回でも熟睡感が損なわれている場合は治療対象となります。
Q2. 「寝る前に水を飲むと血液がサラサラになる」と聞いて飲んでいますが?
A. 脳梗塞予防のために水分を摂ることは大切ですが、心不全や夜間頻尿がある方の場合は、飲み過ぎが逆効果(心臓への負担増)になることがあります。就寝直前ではなく、日中にこまめに水分を摂り、寝る前は喉を潤す程度にするのが賢明です。主治医に適切な水分量を相談してください。
まとめ:トイレの悩みは「熟睡」への第一歩
夜間頻尿は、年齢のせいだけで片付けてはいけない、身体からの重要なサインです。
特に「いびき」や「むくみ」を伴う場合は、心臓や呼吸のケアをすることで、嘘のようにトイレの回数が減り、朝までぐっすり眠れる日が戻ってくるかもしれません。
「最近、夜中のトイレが増えたな」と感じたら、まずは一度、専門医に相談してみてください。その行動が、あなたの心臓を守り、健康寿命を延ばすことにつながります。
次に読むことをおすすめする記事
【睡眠時無呼吸症候群の検査とは?費用や自宅での流れを解説】
夜間頻尿とSASの関係を読んで、『検査は具体的にどんなことをするのだろう?』と気になった方も多いと思います。自宅でできる簡易検査から精密検査まで、実際の流れや費用感をイメージしやすい形でまとめています。
【睡眠時無呼吸症候群の合併症連鎖。高血圧・糖尿病を招く酸欠の正体】
夜間頻尿が心臓や無呼吸のサインと分かると、『他の生活習慣病とも関係しているのでは?』という疑問が生まれやすくなります。SASが高血圧・糖尿病など全身の病気にどう波及するのかを、まとめて押さえたい方に向いた内容です。
参考文献
- JCS/JHFS 2021 Guideline Focused Update on Diagnosis and Treatment of Acute and Chronic Heart Failure
- 著者: Tsutsui H, et al. (日本循環器学会/日本心不全学会)
- 掲載誌: Circulation Journal, 2021
- Nocturia: An overview of current evaluation and treatment strategies
- 著者: XY Hou, et al.
- 掲載誌: World Journal of Methodology, 2025
- Effect of nocturia in patients with different severity of obstructive sleep apnea on polysomnography: A retrospective observational study
- 著者: CH Lu, et al.
- 掲載誌: Asian journal of Urology, 2025
- Nocturia is associated with stiffer central artery and more likely development of major adverse cardiovascular events in men
- 著者: CK Chan, et al.
- 掲載誌: Frontiers in Urology, 2023
- Effect of Nocturia and Sleep Quality on Sleep Blood Pressure: The HI-JAMP Study
- 著者: Tomitani N, et al.
- 掲載誌: Hypertension, 2025
この記事の監修者
医療法人社団心匡会 理事長 中村 文保
- 日本内科学会 総合内科専門医
- 日本消化器病学会 消化器病専門医
- 日本消化器内視鏡学会 専門医
- 日本肝臓学会 肝臓専門医
当院は、金沢・野々市・白山市の皆様に信頼される「地域のかかりつけ医」として、専門性の高い医療を提供しています。
