「寝ている間に呼吸が止まっているよ」と家族に指摘されたり、しっかりと寝たはずなのに日中の眠気が取れなかったりして、不安を感じていませんか?
睡眠時無呼吸症候群(SAS:Sleep Apnea Syndrome)は、単に「いびきがうるさい」だけの問題ではありません。睡眠中の酸素不足により、心臓や脳に大きな負担をかけ、将来的な重病のリスクを高めることが分かっています。
しかし、現在は医学的に確立された治療法があり、適切に対処することで劇的に睡眠の質を改善し、健康リスクを下げることが可能です。
この記事では、消化器・内科領域の専門医監修のもと、**「検査の流れ」から「CPAP(シーパップ)やマウスピースによる治療法」「費用や期間」**について、わかりやすく解説します。
睡眠時無呼吸症候群(SAS)の治療はなぜ必要?放置するリスク
ご自身では「ただのいびき」と思っていても、治療が必要なレベルであることは少なくありません。なぜ、睡眠時無呼吸症候群を放置してはいけないのか、その医学的な理由(メカニズム)を解説します。

ただの「いびき」ではない?身体への酸素不足による影響
睡眠時無呼吸症候群の多くは、睡眠中に舌の根元(舌根)が喉の奥に落ち込み、気道(空気の通り道)を塞ぐことで起こります(閉塞性睡眠時無呼吸タイプ)。
気道が塞がると一時的に窒息状態になり、体内の酸素濃度が低下します。すると、脳は「酸素が足りない!」と危険を察知して覚醒反応を起こし、無理やり呼吸を再開させます。このとき、大きないびきとともに呼吸が戻りますが、深い睡眠が得られず、交感神経(興奮状態の神経)が常に緊張した状態が続きます。
【重要】放置すると高血圧・脳卒中・心筋梗塞のリスクが倍増
最大の問題は、この「夜間の低酸素」と「交感神経の緊張」が血管を傷つけ、動脈硬化を進行させることです。
【放置した場合のリスク】 治療せずに放置すると、健康な人に比べて以下のような病気のリスクが跳ね上がることが多くの研究で示されています。
- 高血圧: 約2倍のリスク
- 脳卒中・心筋梗塞: 約3〜4倍のリスク
- 糖尿病: インスリンの働きが悪くなり悪化しやすい
命に関わる病気を予防するためにも、早期の治療介入が非常に重要です。
交通事故や労働災害につながる「日中の眠気」
夜間に良質な睡眠が取れていないため、日中に強烈な眠気(日中過眠)に襲われることがあります。これは、集中力の低下や作業効率の悪化を招くだけでなく、居眠り運転による交通事故や、工場・現場での労働災害といった重大な事故につながる恐れがあります。
「最近、会議中にどうしても眠くなる」「運転中にヒヤッとした」という経験がある場合は、病気が原因である可能性を疑いましょう。
まずは検査から:治療方針を決めるための診断プロセス
治療を始めるためには、まず「睡眠中に何回呼吸が止まっているか」を正確に測定し、重症度を判定する必要があります。
自宅でできる簡易検査(パルスオキシメーター等)
最初に行われることが多いのが、自宅で行う「簡易検査」です。 就寝前に、手の指に「パルスオキシメーター(血液中の酸素濃度を測る機器)」を、鼻の下に「呼吸センサー」を装着して眠ります。
普段通りの環境で検査ができ、痛みや大きな違和感もありません。この検査で無呼吸の疑いが強いと判定された場合、次の精密検査へ進みます。
確定診断のための精密検査(PSG検査)とは
より詳しく調べるために行われるのがPSG(ポリソムノグラフィー)検査です。 脳波、眼球の動き、心電図、筋肉の動き、呼吸状態などを総合的に記録します。
- 入院検査: 専門の医療機関に一泊入院して行います(夕方入院し、翌朝出勤可能なケースも多いです)。
- 在宅検査: 近年では、より高度な機器を自宅に郵送し、入院なしで同等の検査ができる場合もあります。
重症度(AHI指数)によって変わる治療の選択肢
検査結果は、AHI(無呼吸低呼吸指数)という数値で表されます。これは「1時間あたりに、10秒以上の無呼吸・低呼吸が何回起きたか」を示すものです。
- 軽症 (AHI 5〜15未満): 生活習慣の改善やマウスピース治療が検討されます。
- 中等症 (AHI 15〜30未満): 症状に応じてCPAP療法やマウスピースが選択されます。
- 重症 (AHI 30以上): 合併症リスクが高いため、積極的にCPAP療法が推奨されます。
治療法の主流「CPAP療法(経鼻的持続陽圧呼吸療法)」
現在、中等症から重症の睡眠時無呼吸症候群に対し、世界標準的かつ最も効果的な治療法とされているのがCPAP(シーパップ)療法です。

CPAP(シーパップ)の仕組みと即効性
CPAP(Continuous Positive Airway Pressure)は、鼻に装着したマスクから空気を送り込み、その圧力(陽圧)で気道を内側から押し広げて確保する治療法です。「空気の添え木」のような役割を果たします。
物理的に気道を確保するため、使用したその日から「いびきが止まった」「朝の目覚めがスッキリした」「日中の眠気がなくなった」という効果を実感する方が非常に多いのが特徴です。
痛みはある?装着時の違和感と慣れるまでの期間
「マスクをつけて寝るのは苦しくないか?」「家族に寝顔を見られるのが恥ずかしい」と不安に思う方もいらっしゃいます。しかし、近年のCPAP機器は劇的に進化しています。
- 静音設計: 作動音は非常に静かで、ささやき声よりも小さなレベルです。
- 小型化: ベッドサイドに置いても圧迫感のないコンパクトなサイズです。
- 装着感の改善: 鼻だけを覆うタイプや、鼻の穴にフィットさせるタイプなど、患者様の不快感を最小限にするマスクが選べます。
最初は、マスクの接触感や空気が送り込まれる感覚に違和感を覚えることがありますが、多くの患者さんは1週間〜1ヶ月程度で慣れていきます。 現在は機器が小型化・静音化されており、マスクの形状も「鼻全体を覆うタイプ」や「鼻の穴に当てるタイプ」など、ご自身に合ったものを選べるようになっています。
【ポイント】 違和感が強い場合は、空気圧の調整やマスクの変更が可能です。自己判断で中止せず、主治医や専任スタッフに相談することで解決できる場合がほとんどです。
CPAP治療にかかる費用(健康保険適用の場合)
日本の健康保険制度では、中等症以上(AHIが20以上など特定の基準を満たす場合)の方に対し、CPAP治療は保険適用となります。
一般的に、機器は購入ではなく**「レンタル(貸与)」**の形をとります。
- 費用の目安: 3割負担の方で、月額 4,500円〜5,000円程度。
- 内容: 機器のレンタル料に加え、月に1回の定期受診(再診料・指導管理料)が含まれます。
毎月の通院が必要ですが、これは機器の使用状況データ(SDカードや通信機能で管理)を医師が確認し、適切な圧力設定や治療効果を判定するために不可欠なプロセスです。
軽症・中等症向け「マウスピース(OA)療法」
「CPAPのマスクはどうしても馴染めない」「出張が多くて機械を持ち運ぶのが大変」という方に選ばれているのが、口腔内装置(OA:Oral Appliance)、いわゆるマウスピースによる治療です。

下あごを前に出して気道を広げる仕組み
このマウスピースは、装着すると下あごが少し前に出た状態(受け口のような状態)で固定されるように設計されています。 下あごを前方に移動させることで、それに繋がっている舌や喉の筋肉も一緒に前へ引っ張られ、睡眠中に気道が塞がるのを防ぎます。
- 適応: 主に軽症〜中等症の方(AHI 30未満)。
- メリット: 電源不要で持ち運びが楽。音がしない。
- デメリット: 重症の方には効果が不十分な場合がある。顎関節への負担がかかることがある。
歯科医との連携による作成プロセス
ドラッグストアで売っている市販のマウスピースでは効果が保証されず、逆に顎を痛めるリスクがあります。医療用マウスピースは、以下の手順で作成します。
- 医科を受診: 医師が「睡眠時無呼吸症候群」と診断し、マウスピースが適応か判断します。
- 紹介状(診療情報提供書): 医師から、連携している「睡眠歯科」に対応した歯科医院へ紹介状を書きます。
- 歯科で作成: 専門の歯科医師が歯型を取り、数ミリ単位で顎の位置を調整して作成します。この手順を踏めば、作成費用は健康保険が適用されます。
CPAPが苦手な人や出張が多い人へのメリット
「CPAPの風圧が苦手で眠れない」という理由で治療を断念してしまう方がいますが、そうした方の代替手段としてマウスピースは非常に有効です。また、CPAPを使用している方でも、旅行や出張用としてマウスピースを併用(サブの治療法として作成)するケースも増えています。
根本的な解決を目指す「生活習慣の改善」と「外科手術」
機器による治療はあくまで「症状を抑える対処療法」です。根本的な原因を取り除くためには、生活習慣の見直しが欠かせません。

最も重要な治療のひとつは「減量(ダイエット)」
肥満は、喉の周りに脂肪をつけて気道を狭くする最大の原因です。 医学研究(Sleep AHEAD試験など)において、体重を減らすことはSASの重症度(AHI)を有意に改善させることが証明されています。軽度の肥満の方であれば、減量だけで無呼吸が消失し、CPAPが不要になるケース(寛解)もあります。
横向き寝の推奨やアルコール制限の効果
- 横向き寝: 仰向けで寝ると重力で舌が落ち込みやすくなります。抱き枕などを活用し、横向きで寝るだけでいびきが半減することがあります。
- アルコール制限: アルコールは筋肉を弛緩させる作用があるため、喉の筋肉が緩んで気道が潰れやすくなります。「寝酒」は症状を劇的に悪化させるため、就寝4時間前からは控えるのが鉄則です。
扁桃肥大などが原因の場合の外科手術
子どもの無呼吸の原因の多くは「アデノイドや扁桃腺の肥大」であり、手術が第一選択となります。 大人の場合も、明らかに扁桃腺が大きくて気道を塞いでいる場合など、解剖学的な問題があれば、口蓋垂軟口蓋咽頭形成術(UPPP)などの手術が行われることがあります。ただし、現在はCPAP治療が主流であり、手術適応は慎重に判断されます。
治療を継続するためのポイントと医師への相談目安
治療を始めた後に重要なのは「継続すること」です。特にCPAP療法は、「メガネ」と同じで、かけている時だけ効果を発揮します。
自己判断での治療中断は危険
「最近調子が良いから」といって自己判断でCPAPを数日やめてしまうと、すぐに元の無呼吸状態に戻り、心臓への負担が再開してしまいます。 近年の研究では、一晩あたり4時間以上CPAPを使用することで、心血管イベント(心筋梗塞など)のリスクが有意に低下することが分かっています。毎日の使用が難しい場合でも、諦めずに医師に相談してください。
専門医(呼吸器内科・耳鼻咽喉科)を受診すべきタイミング
以下のような場合は、治療機器の調整や再検査が必要です。
- CPAPを使っているのに、いびきが止まらない・眠気が残る。
- マスクから空気が漏れて不快、口が乾く。
- 体重が大きく変動した(太った・痩せた)。
- 鼻づまりがひどくてCPAPが苦しい(耳鼻科的治療が必要な場合があります)。
まとめ:命を守るために、まずは「睡眠の質」を知ることから
睡眠時無呼吸症候群は、放置すれば高血圧や脳卒中、心筋梗塞といった命に関わる病気を引き寄せる「サイレントキラー」になり得ます。しかし、裏を返せば、適切に治療さえすれば、健康な人と変わらない生活を送ることができる病気でもあります。
「たかがいびき」と自己判断せず、ご自身とご家族の安心のために、まずは専門医療機関で検査を受けてみてください。質の高い睡眠を取り戻すことは、これからの人生の質を大きく高めることにつながります。
Q&A:よくある質問
Q. 睡眠時無呼吸症候群は完治しますか? A. 骨格的な問題(あごが小さい等)が原因の場合は完治が難しく、CPAP等による継続的な対症療法が必要です。ただし、肥満が主原因であれば、減量によって症状がなくなり、治療機器が不要になる(寛解する)可能性は十分にあります。
Q. 治療をしていれば車の運転はしても大丈夫ですか? A. はい、適切に治療を行い、日中の眠気が改善されていれば運転に支障はありません。逆に、未治療のまま運転を続けることは、道路交通法上も非常に危険であり、重大な責任を問われる可能性があります。
Q. 費用を抑える方法はありますか? A. 医療費が高額になる場合、「高額療養費制度」の対象になることは稀ですが(月5,000円程度のため)、確定申告の「医療費控除」の対象にはなります。年間の領収書は保管しておきましょう。
参考文献
本記事は、以下の医学的エビデンスおよびガイドラインに基づき執筆いたしました。
- 睡眠時無呼吸症候群(SAS)の診療ガイドライン2020
- 監修: 日本呼吸器学会
- 発行: 南江堂, 2020年
- 2023年改訂版 循環器領域における睡眠呼吸障害の診断・治療に関するガイドライン
- 編集: 日本循環器学会 / 日本心不全学会
- URL: 日本循環器学会ガイドライン
- Effects of Weight Loss on Obstructive Sleep Apnea Severity. Ten-Year Results of the Sleep AHEAD Study
- 著者: Kuna ST, et al.
- 掲載誌: Am J Respir Crit Care Med, 2021
- Effects of continuous positive airway pressure on cardiac events and metabolic components in patients with moderate to severe obstructive sleep apnea and coronary artery disease: a meta-analysis
- 著者: Yang D, et al.
- 掲載誌: Journal of Clinical Sleep Medicine, 2023
- Effects of CPAP on Blood Pressure Parameter Across Different Severities of Obstructive Sleep Apnoea
- 著者: L Benning, et al.
- 掲載誌: Journal of Sleep Research, 2025
