「夜、大きないびきをかいていると言われる」 「睡眠時間はとっているはずなのに、昼間に強い眠気がある」
もしあなたがこのような心当たりをお持ちなら、それは単なる睡眠不足ではなく、睡眠時無呼吸症候群(SAS)かもしれません。
実は近年、この睡眠時無呼吸症候群が、心臓や脳の病気だけでなく、「大腸ポリープ」や「大腸がん」のリスクを高める可能性があるという研究報告が増えていることをご存知でしょうか?
「寝ているときの呼吸が、なぜお腹の病気に関係するの?」と不思議に思われるかもしれません。しかし、そこには私たちの体の仕組み(メカニズム)に基づいた明確な理由があります。
この記事では、消化器内科と総合内科の専門医の視点から、睡眠時無呼吸と大腸腫瘍の意外な関係について、医学的根拠(エビデンス)に基づいてわかりやすく解説します。
睡眠時無呼吸症候群(SAS)が大腸腫瘍のリスクを高めるって本当?
結論から申し上げますと、睡眠時無呼吸症候群(SAS)の患者さんは、そうでない方に比べて大腸腫瘍(ポリープやがん)が見つかる頻度が高いというデータが、国内外の研究で報告されています。
【重要】 すべてのSAS患者さんが必ず大腸がんになるわけではありません。しかし、「統計的にリスクが高いグループである」という認識を持ち、適切な検査を受けることが重要です。
国内外の研究データが示す「相関関係」
日本を含む世界各国の研究機関で、SASと大腸腫瘍の関係についての調査が進められています。
ある研究では、SASの重症度を示す指標であるAHI(無呼吸低呼吸指数)※1 の数値が高い人ほど、大腸ポリープや大腸がんの発見率が高くなる傾向があると示されています。特に重症のSAS患者さんでは、健康な人に比べてそのリスクが有意に高くなるという報告もあります。
これは、「たかがいびき」と放置することが、将来的な大腸がんのリスクを見逃すことにつながりかねないことを示唆しています。
※1 AHI(Apnea Hypopnea Index): 睡眠1時間あたりに、呼吸が止まったり(無呼吸)、浅くなったり(低呼吸)する回数のこと。この数値が5以上でSASと診断され、数値が高いほど重症となります。
大腸腫瘍(ポリープ・がん)とは何か
大腸がんは、ある日突然できるものではありません。多くの場合、まずは良性の「ポリープ(腺腫)」ができ、それが長い年月をかけて大きくなり、一部ががん化するという経過をたどります。
つまり、ポリープの段階、あるいは早期がんの段階で見つけることができれば、内視鏡(大腸カメラ)で切除することで完治が期待できる病気なのです。SASと診断された方が大腸カメラを受けることは、この「がんの芽」を早期に摘み取る大きなチャンスになります。
なぜ?「無呼吸」が大腸に悪影響を与えるメカニズム
では、なぜ睡眠中の呼吸停止が大腸に悪影響を及ぼすのでしょうか? 現在、医学的には主に以下の2つのメカニズムが関係していると考えられています。

1. 間欠的低酸素血症(低酸素状態)のストレス
SASの患者さんは、寝ている間に何度も呼吸が止まります。呼吸が止まると血液中の酸素濃度が下がり(低酸素)、呼吸が再開すると酸素が一気に流れ込みます(再酸素化)。
この「酸欠」と「酸素の再供給」が繰り返される状態を間欠的低酸素血症と呼びます。これが細胞にとっては大きな負担となり、酸化ストレス※2 を引き起こします。
【重要】 酸化ストレスは細胞のDNAを傷つけ、正常な細胞が「がん細胞」へ変化する引き金になることが知られています。
腸の粘膜細胞もこの影響を受け、ポリープや腫瘍が発生しやすくなるのではないかと考えられています。
※2 酸化ストレス: 体内で発生する活性酸素が、体の抗酸化力を上回ってしまう状態。細胞をサビつかせ、老化やがん化の原因となります。
2. 慢性的な炎症と免疫力の低下
また、繰り返される低酸素状態は、全身に弱い炎症を引き起こします。慢性的な炎症は、がんの発生や進行を助長する土壌となります。
さらに、質の良い睡眠がとれないことや低酸素状態が続くことで、私たちの体が本来持っている「がん細胞を攻撃する免疫力(免疫監視機構)」が低下してしまう可能性も指摘されています。本来なら免疫細胞が排除してくれるはずの異常な細胞が、排除されずに生き残ってしまうリスクがあるのです。
あなたも当てはまる?特に注意が必要な人の特徴
「SASだから必ず大腸がんになる」わけではありませんが、いくつかの共通する危険因子(リスクファクター)を持っている方は、特に注意が必要です。

肥満は共通の最大リスクファクター
SASと大腸がん、この2つの病気を結びつける最も大きな要因の一つが「肥満(特に内臓脂肪型肥満)」です。
- SASにとっての肥満: 首の周りや舌に脂肪がつくと、気道が狭くなり無呼吸が起こりやすくなります。
- 大腸がんにとっての肥満: 内臓脂肪から分泌される物質が、大腸がんのリスクを高めることが分かっています。
つまり、肥満がある方は「SASになりやすく、かつ大腸がんにもなりやすい」という二重のリスクを抱えていることになります。これを医学的にはメタボリックドミノの一環として捉えることができます。
年齢と性別による傾向
- 年齢: SASも大腸がんも、40代〜60代の中年以降に発症率が上昇します。
- 性別: どちらの病気も、統計的に「男性」に多い傾向があります(ただし、女性も閉経後はリスクが上がります)。
「自分は太り気味の男性で、いびきもかくし、もう50代だ」という方は、まさにハイリスクグループに該当する可能性があります。しかし、リスクを知ることは、対策をとれるということでもあります。
リスクを断ち切るために:SAS治療と大腸カメラの重要性
ここまで、睡眠時無呼吸症候群(SAS)が大腸腫瘍のリスクを高める可能性について解説してきました。「怖いな」と感じられた方もいらっしゃるかもしれませんが、リスクが分かっているということは、対策が打てるということでもあります。
ここからは、リスクを断ち切るための「2つの柱」について解説します。
CPAP(シーパップ)治療でリスクは下がるのか?
まず1つ目は、SASそのものを治療することです。 SASの標準治療であるCPAP(持続陽圧呼吸療法)は、寝ている間に気道へ空気を送り込み、無呼吸を防ぐ治療法です。
研究段階ではありますが、CPAP治療を適切に行い、夜間の「間欠的低酸素」を解消することで、体内の酸化ストレスや炎症レベルが低下することが分かっています。これにより、将来的ながん発生のリスクを下げられる可能性が期待されています。
「いびきがうるさいだけだから」と放置せず、CPAP治療を継続することは、ご自身の血管や臓器を守ることに直結します。
症状がなくても「大腸カメラ」を受けるべき理由
2つ目、そして最も確実なリスク回避策は「大腸カメラ(大腸内視鏡検査)」を受けることです。
SASと診断された方は、統計的に大腸ポリープができやすい傾向にあります。しかし、大腸ポリープや早期の大腸がんは、自覚症状がほとんどありません。
- 「便潜血検査(検診)」だけでは不十分?
- 便潜血検査は進行がんを見つけるのには有効ですが、出血しないタイプのポリープや早期がんは見逃してしまうことがあります。
- カメラなら「予防」ができる
- 大腸カメラであれば、前がん病変であるポリープそのものを発見し、その場で切除(日帰り手術)することが可能です。つまり、がんになる前に芽を摘むことができるのです。
SASの治療を受けている方は、ぜひ消化器内科での検診を予約することをお勧めします。
医師への相談目安とまとめ
どんな時に病院へ行くべき?
以下のような症状や特徴に当てはまる場合は、自己判断せず、早めに専門医に相談してください。
- 睡眠のサイン(呼吸器内科・睡眠外来へ)
- 家族から「寝ている時に呼吸が止まっている」「いびきがひどい」と指摘された。
- 日中、耐え難い眠気に襲われる。
- 朝起きた時に頭痛がする、熟睡感がない。
- お腹のサイン(消化器内科へ)
- SASと診断されている(※特に重要)。
- 40歳以上で、これまで一度も大腸カメラを受けたことがない。
- 便に血が混じる、便通が不安定(便秘と下痢を繰り返す)になった。
まとめ:早期発見が健康寿命を延ばすカギ
睡眠時無呼吸症候群は、単なる睡眠のトラブルではなく、大腸がんを含む全身の病気に関わるサインであることが近年の研究で明らかになってきました。
しかし、過度に恐れる必要はありません。 「SASの適切な治療(CPAPなど)」と「定期的な大腸カメラ」。この2つを組み合わせることで、大腸がんは高い確率で予防・早期治療が可能な病気です。
「もしかして」と思ったら、まずはクリニックの扉を叩いてみてください。その一歩が、あなたの10年後の健康を守ります。
よくある質問(Q&A)
Q1. SASだと診断されたら、必ず大腸がんになるのですか?
いいえ、必ずなるわけではありません。あくまで「統計的にリスクが高くなる傾向がある」ということです。だからこそ、放置せずに定期的な検査(大腸カメラ)を受けることで、リスクを管理することが重要です。
Q2. CPAP治療をすれば、今あるポリープは消えますか?
いいえ、すでにできてしまったポリープや腫瘍がCPAP治療だけで消えることはありません。これらは内視鏡検査で発見し、切除する必要があります。CPAPは、将来的な新たなポリープの発生や、細胞へのダメージを減らすための「予防的」な意味合いが強い治療です。
Q3. 痩せているのにSASと言われました。大腸がんのリスクはありますか?
はい、注意が必要です。肥満は大きなリスク因子ですが、痩せ型の方でも顎の形状などでSASになることがあります。この場合も「間欠的低酸素」による細胞へのストレスは生じているため、年齢(40歳以上など)や他のリスク因子(喫煙、飲酒、家族歴)を考慮し、一度は大腸検査を受けることをお勧めします。
参考文献
本記事は、以下の医学的エビデンスおよび最新の研究報告に基づき執筆されています。
- Obstructive sleep apnea and the incidence and mortality of gastrointestinal cancers: a systematic review and meta-analysis
- 著者: Teo YH, et al.
- 掲載誌: Journal of Gastrointestinal Oncology, 2022
- Association between obstructive sleep apnoea and cancer: a cross-sectional, population-based study of the DISCOVERY cohort
- 著者: Palm A, et al.
- 掲載誌: BMJ Open, 2023
- Obstructive sleep apnea severity, circulating biomarkers, and cancer risk
- 著者: AJH Allen, et al.
- 掲載誌: Journal of Clinical Sleep Medicine, 2023
- Intermittent Hypoxia Mediates Cancer Development and Progression Through HIF-1 and miRNA Regulation
- 著者: G Moriondo, et al.
- 掲載誌: Archivos de Bronconeumología, 2023
- Increased incidence of colorectal cancer with obstructive sleep apnea: a nationwide population-based cohort study
- 著者: Chen C-Y, et al.
- 掲載誌: Sleep Medicine, 2019
