「胃カメラはすぐに終わったけれど、大腸カメラは時間がかかると聞いて不安……」
「いびきがひどく、睡眠時無呼吸症候群(SAS)の気がある。検査中に息が止まったり、お腹が張って苦しくなったりしないだろうか?」
大腸がん検診やポリープ切除のために必要だと分かっていても、呼吸や苦痛に対する不安から検査を躊躇されている方は少なくありません。特にSASをお持ちの方にとって、鎮静剤の使用やお腹の張りは、確かに注意すべきリスク因子です。
しかし、現代の内視鏡医療では、これらのリスクを最小限に抑えるための明確な「安全対策」が確立されています。
この記事では、消化器内視鏡専門医の視点から、SASの方でも安心して検査を受けていただくための具体的な工夫(送気システムや体位など)について、医学的根拠に基づいて解説します。正しい知識を持つことで、その不安は大きく解消されるはずです。
胃カメラより長い?SAS患者さんが抱く「時間の不安」と「お腹の張り」
一般的に、胃カメラ(上部消化管内視鏡検査)の観察時間は5〜10分程度で終了することが多いですが、大腸内視鏡検査(下部消化管内視鏡検査)は、大腸の奥(盲腸)までスコープを挿入し、抜きながら丁寧に観察するため、通常でも20〜30分程度、ポリープ切除を行う場合はそれ以上の検査時間を要することがあります。
SAS(睡眠時無呼吸症候群)、特に閉塞性睡眠時無呼吸のある患者さんにとって、「長時間、背中をつけたままでいること」自体が不安の種となりがちです。仰向けの姿勢が続くと、重力によって気道が狭くなりやすいためです。
また、大腸カメラでは観察のために腸の中に気体を入れて膨らませる必要があります。
「ただでさえ呼吸が心配なのに、お腹がパンパンに張って横隔膜が圧迫されたら、息ができなくなるのではないか?」
SAS患者さん特有の切実な悩みであり、決して大げさな心配ではありません。私たちはこの不安を深く理解し、万全の体制で検査に臨む必要があります。
なぜ「検査時間」と「空気」がSAS(睡眠時無呼吸症候群)のリスクになるのか
なぜSASの方において、通常よりも慎重な管理が求められるのでしょうか。そこには2つの医学的なメカニズムが関係しています。
1. 鎮静剤による「舌根沈下」のリスク
苦痛を減らすために使用する鎮静剤(Sedation)には、筋肉の緊張をほぐす作用があります。これは検査を楽にする一方で、のどの筋肉も緩めてしまうため、舌の付け根がのどの奥に落ち込む「舌根沈下」を引き起こす可能性があります。
SASの方はもともと気道が狭い傾向にあるため、鎮静剤による軽度の呼吸抑制であっても、いびきや無呼吸が生じやすくなるのです。
2. 送気による「横隔膜」への圧迫
大腸カメラでは、ひだの裏側まで観察するために腸管を膨らませます。もし、ここに通常の「空気」を過剰に入れてしまうと、腸が風船のように膨らみ続けます。
膨張した腸は、呼吸をつかさどる筋肉である横隔膜を下から上へと押し上げます。これにより肺が膨らむスペースが制限され、SASの方にとっては息苦しさ(腹部膨満感による呼吸困難感)を感じる原因となり得ます。
【重要】
SAS患者さんの検査においては、「気道をどう確保するか」と「お腹の張りをどう防ぐか」の2点が安全管理の最重要課題となります。
【対策1】お腹の張りを劇的に減らす「二酸化炭素(CO2)送気」
前述した「お腹の張りによる息苦しさ」を解決するために、当院を含め専門的な内視鏡施設で標準的に導入されているのが、空気の代わりに二酸化炭素(CO2)を使用する送気システムです。
なぜ二酸化炭素なら安全なのか?
通常の空気(窒素が主成分)は、腸管から血中にほとんど吸収されず、ゲップやおならとして排出されるまで腸内に残り続けます。これが検査中〜検査後の苦しい張りの原因です。
一方、二酸化炭素(CO2)は、空気と比較して液体への溶解度が極めて高く、窒素の約160倍、酸素の約13倍の速さで腸管の壁から吸収されます。吸収されたCO2は速やかに血液に溶け込み、最終的には呼気(吐く息)として肺から自然に排出されます。
- 空気送気: 検査後も数時間、お腹の張りが続くことがある。
- CO2送気: 検査中から速やかに吸収されるため、お腹が張りにくく、横隔膜への圧迫も最小限に抑えられる。
このシステムを使用することで、SASの方であっても、腸管の膨張による呼吸への悪影響を劇的に低減することが可能です。検査が終わった直後から「お腹が軽い」と感じていただけるのは、この吸収の速さによるものです。
【対策2】気道を確保しやすい「検査体位」と「モニタリング」
大腸カメラは、ただ漫然と眠って行うわけではありません。呼吸状態にリスクのあるSASの方を守るため、私たちは検査中の「体位(姿勢)」と「監視体制」に細心の注意を払っています。
仰向けではなく「左側臥位」が基本
胃カメラとは異なり、大腸カメラの基本体位は「左側臥位(さそくがい)」、つまり左半身を下にして横向きに寝る姿勢からスタートします。
この姿勢は、肛門からのスコープ挿入がしやすいだけでなく、気道確保(Airway maintenance)の観点からも非常に理にかなっています。
- 仰向け(Supine position): 重力で舌根がのどの奥に落ち込みやすく、気道が塞がりやすい(いびきをかきやすい姿勢)。
- 横向き(Left lateral decubitus): 重力が横にかかるため、舌がのどを塞ぎにくく、自然な呼吸を保ちやすい。
検査中、腸の曲がり角を通過するために仰向けになっていただく場面もありますが、SASの傾向がある方の場合、SpO2モニターの数値を見ながら、必要に応じて速やかに横向きに戻すなど、柔軟に体位を調整します。
「SpO2モニター」による常時監視と即時対応
検査中は、指先にパルスオキシメーターを装着し、血液中の酸素濃度(SpO2)と脈拍をリアルタイムで監視します。
万が一、いびきが大きくなりSpO2が低下しかけた場合は、すぐに医師や看護師が「下あごを挙上する(気道を広げる)」処置を行ったり、鎮静剤の量を調整したりすることで、安全な呼吸レベルを維持します。
【重要】
「寝ている間に息が止まっていたらどうしよう」という心配は不要です。医療チームが常にモニターと呼吸状態を目視で監視し、あなたの安全を守り続けています。

CPAP使用者はどうする?検査前の重要確認事項
普段、自宅でCPAP(シーパップ:持続陽圧呼吸療法)を使用している方は、検査予約時に必ずお申し出ください。適切なリスク管理を行うために、以下の情報が非常に重要になります。
1. 重症度(AHI)を医師に伝える
SASの重症度を示すAHI(無呼吸低呼吸指数)の数値がわかれば教えてください。
- 軽度〜中等度の方:通常のクリニックでの鎮静下内視鏡が可能なケースがほとんどです。
- 重度の方(AHIが非常に高い方):より慎重な呼吸管理が必要となるため、鎮静剤の量を減らす、あるいは麻酔科医のいる提携病院をご紹介する判断が必要になる場合があります。
2. 検査当日のCPAP持参について
基本的には、大腸カメラの検査中にCPAPを装着することは稀です(横向きになったり体位を変えたりするため)。
しかし、回復室(リカバリールーム)で休憩する際に、ご自身のCPAPを使いたいと希望される場合や、重症度によっては持参をお願いするケースもあります。
「持って行った方がいいの?」と迷われたら、事前の診察時に遠慮なくご相談ください。
まとめ:SASの方も対策を行えば大腸カメラは怖くありません
「時間が長そう」「お腹が張りそう」「息が止まりそう」。
SAS(睡眠時無呼吸症候群)の方が抱くこれらの不安は、適切な医療技術によって解消できます。
- CO2送気: 空気より速やかに吸収されるガスを使い、お腹の張りと横隔膜への圧迫を防ぐ。
- 左側臥位: 気道を確保しやすい姿勢を基本とし、舌根沈下を防ぐ。
- モニタリング: SpO2を常時監視し、呼吸の変化に即座に対応する。
SASの患者様に対しても、これらを徹底した「苦しくない、安全な大腸カメラ」を提供しています。
「いびきがひどいから検査が怖い」と検診を先延ばしにすることこそ、大腸がんのリスクを高めてしまいます。呼吸状態に不安がある方こそ、設備の整った専門クリニックへご相談ください。
次に読むことをおすすめする記事
【睡眠時無呼吸症候群でも鎮静剤で内視鏡は可能?リスクと条件を解説】
SASがあると鎮静剤が心配…と思われた方も多いのではないでしょうか?こちらの記事では、『できるケース/慎重にすべきケース』やSpO2低下のリスクなど、本記事で触れたポイントをより詳しく整理しています。
【睡眠時無呼吸と大腸がんの意外な関係。リスクと対策について。】
SASの方に大腸カメラが勧められる背景には、『大腸ポリープ・大腸がんリスク』の問題があります。こちらの記事では、その意外な関係性と予防の考え方を整理し、検査を受ける意味をより深く理解できる内容になっています。
参考文献
- Guidelines for sedation in gastroenterological endoscopy (second edition)
- 著者: Japan Gastroenterological Endoscopy Society (JGES)
- 掲載誌: Digestive Endoscopy, 2021
- British Society of Gastroenterology guidelines on sedation in gastrointestinal endoscopy
- 著者: Sidhu R, et al.
- 掲載誌: Gut, 2024
- Current and Emerging Sedation Practices for Colonoscopy
- 著者: Chudziński K, et al.
- 掲載誌: Journal of Clinical Medicine, 2025
- Efficacy and safety of carbon dioxide versus room-air insufflation in pediatric colonoscopy
- 著者: A Aravind, et al.
- 掲載誌: Clinical and Experimental Pediatrics, 2025
- 2021 Korean Society of Gastrointestinal Endoscopy Clinical Practice Guidelines for Endoscopic Sedation
- 著者: Park HJ et al
- 掲載誌: Clinical Endoscopy, 2022
この記事の監修者
医療法人社団心匡会 理事長 中村 文保
- 日本内科学会 総合内科専門医
- 日本消化器病学会 消化器病専門医
- 日本消化器内視鏡学会 専門医
- 日本肝臓学会 肝臓専門医
当院は、金沢・野々市・白山市の皆様に信頼される「地域のかかりつけ医」として、専門性の高い医療を提供しています。SAS(睡眠時無呼吸症候群)の疑いがある方の大腸カメラ検査も、万全のモニタリング体制で実施しておりますので、安心してご相談ください。
