「胃カメラが必要なのはわかっているけれど、睡眠時無呼吸症候群(SAS)があるから不安……」
このような悩みを抱えている方は少なくありません。
「鎮静剤を使って眠っている間に、息が止まってしまうのではないか?」という恐怖と、「かといって鼻からのカメラは痛そうで怖い」という迷い。まさに板挟みの状態かと思います。
結論から申し上げますと、SAS(睡眠時無呼吸症候群)の患者さんであっても、適切な管理下であれば鎮静剤を使用した検査は可能です。しかし、重症度や体型によっては「経鼻内視鏡」の方が圧倒的に安全なケースも存在します。
この記事では、消化器内科専門医の視点から、SASの方が安全かつ苦痛なく検査を受けるための「正しい選び方」を解説します。
なぜ睡眠時無呼吸症候群(SAS)だと胃カメラの「鎮静」が怖いのか?
通常、胃カメラ検査を楽に受けるために使用される鎮静剤(セデーション)ですが、SASの患者さんにとっては、一般の方よりも慎重な使用が求められます。
それは、鎮静剤が持つ作用と、SAS特有の体の構造が関係しているからです。
鎮静剤が引き起こす「呼吸抑制」のメカニズム
鎮静剤は、脳の働きを少し休ませて眠気を誘うと同時に、全身の筋肉をリラックスさせる(弛緩させる)効果があります。
検査を受ける上では「体の力が抜ける」ことはメリットですが、SASの方にとってはリスクになり得ます。喉の奥にある筋肉や舌の筋肉が緩みすぎると、重力によって舌が喉の奥に落ち込む「舌根沈下(ぜっこんちんか)」が起こりやすくなるのです。
【重要】
普段から気道が狭いSASの方が鎮静剤を使用すると、この「舌根沈下」によって気道が完全に塞がれ、一時的に息ができなくなる**「呼吸抑制」や、血液中の酸素が不足する「低酸素血症」**のリスクが高まる可能性があります。
SAS患者さんが特に注意すべき「リスク因子」
すべてのSAS患者さんに呼吸抑制が起こるわけではありません。特に注意が必要なのは、気道が物理的に狭くなりやすい身体的特徴を持っている方です。
- BMIが高い(肥満傾向): 首の周りに脂肪がついているため、気道が圧迫されやすい。
- 首が短い・太い: 気道の確保が難しくなりがちです。
- 顎(あご)が小さい: 舌が収まるスペースが狭く、喉の方へ落ち込みやすい(閉塞性無呼吸の原因)。
これらの特徴に当てはまる場合、医師は鎮静剤の量を慎重に調整するか、あるいは鎮静剤を使わない方法を提案することがあります。

「経鼻内視鏡」なら安心?SAS患者におけるメリットとデメリット
鎮静剤による呼吸トラブルを避けるための有力な選択肢が、鼻からカメラを入れる「経鼻内視鏡(けいびないしきょう)」です。
呼吸への影響が少ない「経鼻」の安全性
経鼻内視鏡の最大のメリットは、「鎮静剤を使わなくても(あるいは極少量で)検査が可能」という点です。
- 呼吸が安定する: 鎮静剤による筋肉の弛緩がないため、ご自身の力でしっかりと呼吸を維持できます。SPO2(経皮的動脈血酸素飽和度)が下がるリスクは極めて低いです。
- 会話ができる: 検査中に医師と会話ができるため、「息苦しくないですか?」といった確認に対して、自分の言葉で伝えられる安心感があります。
SASの重症度が高い方にとって、呼吸停止のリスクを物理的に回避できる経鼻検査は、医学的に非常に合理的な選択です。
それでも「鼻」を選びにくい理由(痛み・鼻出血)
一方で、「鼻からのカメラは痛い」というイメージを持つ方も多いでしょう。
経鼻内視鏡は直径5〜6mm程度と非常に細いですが、それでも人によっては鼻腔が狭く、カメラが通過する際に痛みを感じたり、鼻出血を起こしたりすることがあります。
注意点:
鼻炎が強い方や、鼻の手術歴がある方、抗凝固薬(血液サラサラの薬)を服用している方は、鼻からの挿入が難しい場合があります。この場合は、事前の前処置(血管収縮剤のスプレーなど)を入念に行うか、やはり経口(口から)を選択せざるを得ないこともあります。

「鎮静下」vs「経鼻」あなたにおすすめなのはどっち?
結局のところ、SASの患者さんはどちらを選ぶべきなのでしょうか?
当院では、患者さんの「SASの重症度」「体型(BMI)」「過去の検査経験」を総合して、以下のような基準で推奨しています。
鎮静下(口から)での検査が推奨されるケース
SASの診断があっても、以下のような場合は、モニタリングを強化した上で鎮静下での胃カメラを選択することが多いです。
- SASが軽度〜中等度: 日中の眠気がそれほど強くなく、CPAP(シーパップ)治療を必要としないレベルの方。
- 嘔吐反射が強い: 「オエッ」となるのが怖くて検査自体がトラウマになっている方。
- 鼻腔が極端に狭い: 鼻からの挿入が困難な方。
この場合、拮抗薬(きっこうやく)などの安全対策を準備し、少なめの鎮静剤で様子を見ながら検査を行います。
経鼻(鎮静なし)を強くおすすめするケース
一方で、リスク回避を最優先し、経鼻内視鏡を強くおすすめするのは以下のような方です。
- 重度のSAS: CPAP治療を行っている、またはいびきとともに呼吸が頻繁に止まる方。
- 高度肥満(BMI 30以上): 首が短く太く、気道確保が難しいと予想される方。
- ご高齢の方: 呼吸機能や代謝機能が低下しており、鎮静剤の効果が強く出過ぎる恐れがある方。
ご自身の状況がどちらに当てはまるか迷う場合は、自己判断せず、必ず事前の診察で医師に相談してください。
SAS患者さんのための安全管理システム
「万が一、息が止まったらどうしよう」という不安に対し、医療機関側も漫然と検査を行っているわけではありません。特にSAS(睡眠時無呼吸症候群)のリスクがある患者さんに対しては、日本消化器内視鏡学会のガイドラインに準拠した厳重な安全対策を行っています。
徹底したモニタリング(SPO2・呼吸状態)
鎮静剤を使用する場合、すべての患者さんにモニターを装着しますが、SASの方には特に以下の数値を注視します。
- SPO2(経皮的動脈血酸素飽和度): 血液中の酸素濃度をリアルタイムで測定し、90%以下に低下しないか監視します。
- 呼吸状態の目視確認: 機械の数値だけでなく、看護師が胸の動き(呼吸運動)や呼吸音を常に確認し、「数値が下がる前」の異変を察知する体制をとっています。
もしもの時の対応(拮抗薬と気道確保)
当院では、万が一呼吸抑制が起きた場合に備え、以下の準備を整えています。
- 拮抗薬(きっこうやく)の常備: 鎮静剤(ベンゾジアゼピン系)の効果を、注射一本で速やかに打ち消して目を覚まさせる薬(フルマゼニルなど)を必ず手元に用意しています。
- 気道確保の技術: 舌根沈下が起きた場合でも、下顎を挙上(持ち上げる)して気道を確保する手技を熟知したスタッフが介助にあたります。
【重要】
SASだからといって「鎮静剤は絶対禁止」ではありません。「リスクをコントロールできる体制があるか」が病院選びの重要なポイントです。
よくある質問(Q&A)
SASの患者さんから実際に診察室で寄せられる質問にお答えします。
Q1. 普段CPAP(シーパップ)を使っていますが、検査当日は必要ですか?
A. 基本的には持参不要ですが、必ず問診でお伝えください。
胃カメラ検査自体は5〜10分程度で終了するため、検査中にCPAPを装着することは稀です。ただし、重症度の指標として非常に重要ですので、「CPAPを使用している」という事実は必ず医師にお伝えください。それにより、鎮静剤の量を減らす、あるいは経鼻に切り替えるといった判断が可能になります。
Q2. 鎮静剤を使った場合、その日は車の運転はできますか?
A. 絶対にできません。
SASの有無に関わらず、鎮静剤を使用した当日は、判断力や集中力が低下しています。ご自身で運転して来院された場合は、鎮静剤を使用できません(強制的に経鼻または鎮静なしの経口となります)。必ず公共交通機関をご利用いただくか、ご家族の送迎をお願いしています。
Q3. 「鼻からのカメラ」でもオエッとなりますか?
A. 「オエッ(咽頭反射)」はほとんど起きませんが、鼻の違和感はあります。
経鼻内視鏡は、舌の根元(オエッとなるスイッチがある場所)を避けて通るため、嘔吐反射は劇的に少ないです。ただし、鼻の中を通過する際の「ツーン」とした痛みや圧迫感を感じる方はいます。
まとめ:不安な点は事前の問診で必ず伝えましょう
睡眠時無呼吸症候群(SAS)があるからといって、胃カメラ検査を諦める必要は全くありません。重要なのは、「ご自身のいびきや無呼吸のリスクを、医師に隠さず伝えること」です。
- 「いびきがうるさいと言われる」
- 「日中の眠気が強い」
- 「首が太い、短い」
これらに当てはまる方は、検査前の問診で必ず申告してください。
私たちはその情報をもとに、「安全重視の経鼻」にするか、「モニタリング下の慎重な鎮静」にするか、あなたに最適なプランを提案します。
胃がんなどの重大な病気を見逃さないためにも、不安を解消して検査を受けましょう。
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参考文献
- 後藤田卓志ほか. 内視鏡診療における鎮静に関するガイドライン(第2版).
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この記事の監修者
医療法人社団心匡会 理事長 中村 文保
- 日本内科学会 総合内科専門医
- 日本消化器病学会 消化器病専門医
- 日本消化器内視鏡学会 専門医
- 日本肝臓学会 肝臓専門医
当院は、金沢・野々市・白山市の皆様に信頼される「地域のかかりつけ医」として、専門性の高い医療を提供しています。
